私は30歳で、自分がノンバイナリーだと自覚し、
それまで感じていた違和感に、ようやく名前がついた感覚がありました。
でもそれより前から、ずっと感じていたものがあります。
「なんでこんなに話が噛み合わないんだろう」
夫との関係の中で、何度もそう思ってきました。
当時はそれを「自分の伝え方が悪いのかな」と思っていたけれど、
今なら少し違う見方ができます。
今日はその話を、少し整理してみようと思います。
限界だったのは、体だけじゃなかった
双子を出産した直後のことです。
まだ体も回復していない中で、
夜間の授乳が続いていました。
1時間おきに起きる。
しかも2人が交互に泣く。
ほとんど眠れないまま、日中も育児。
正直、体力的にも精神的にも限界でした。
そんな中で、夫に「本当に大変なんだ」と伝えたとき、返ってきたのは
「俺の方が仕事大変だから」
という言葉でした。
その瞬間、驚きと同時に、強い怒りが湧きました。
「あ、ここで比べるんだ」と思ったんです。
噛み合わなかった理由は「前提」が違ったから
今振り返ると、あのときのズレは明確です。
夫の中には、
・仕事の方が大変
・育児はそこまでじゃない
・母親が中心でやるもの
という前提があった。
一方で私は、
・育児は重労働
・しかも自分は仕事もしている
・これは対等にやるべき
という前提だった。
つまり、
同じ出来事を、まったく違う視点で見ていたんですよね。
だから、どれだけ言葉を尽くしても、伝わらなかった。
「言えばわかる」は通用しなかった
当時の私は、言葉でなんとかしようとしていました。
でも、あるとき思いました。
「これは、言葉じゃ無理だな」と。
なぜなら、
相手はその大変さを“体験していない”から。
だから私は、やり方を変えました。
ワンオペ育児を体験してもらうことにした
・丸一日、育児を任せる
・夜も含めて一人でやってもらう
・自分は手を出さない
最初は不安でした。
実際、
・おむつが長時間替えられていない
・水分補給の発想がない
など、「え、そこから?」「なんで言わないとわかんないの?」ということも多かったです。
正直、かなりイライラしました。
でも同時に思いました。
「ああ、本当に何も知らないんだな」と。
「察して」を手放した
それまでの私は、
・これくらいわかるはず
・言わなくても気づいてほしい
そう思っていました。
でも、それは無理でした。
だから、
・やってほしいことを具体的に言う
・何度でも伝える
・理由も一緒に説明する
に切り替えました。
これは正直、楽ではなかったです。
でも全く違う世界をみている人に対して説明をしていると思って、地道に努力を続けました。
ノンバイナリーとして見えた違和感
30歳で自分がノンバイナリーだと自覚してから、
あのときの違和感に、別の意味が見えてきました。
それは、
「性別役割を押し付けられていた違和感」です。
・育児は母親が中心
・仕事は無理しなくていい
・家庭を優先すべき
それを、パートナーから言われていました。
保育園でも、日常でも、親戚との関わりでも、「母親なんだから」という空気を感じてきました。
そして私は、どこかで
「それに適応しなきゃいけないのかな」
と思っていた。
手放したもの
今の私は、これを手放しつつあります。
・母親だからやるべきという前提
・我慢し続けること
・一人で抱え込むこと
代わりに大事にしているのは、
「対等であることを主張する」ことです。
・育児は必ず二人で関わる
・偏りがあれば言葉にする
・違和感はそのままにしない
そうやって関わっていくことで、パートナーとの関係性が本当に少しずつですが、良い方向に変化しています。
最後に
本音を言えなかったのは、
私の弱さじゃなかった。
そもそも、立っている前提が違っていた。
そしてその前提には、
社会の価値観や役割が深く関わっていた。
今は、そこに気づけたことで、
「全く違う世界の住人と対話をしている」という感覚を持つことができました。
まだ途中だけど、
前よりはちゃんと、自分が抱いている違和感を言葉にできている気がします。
同じように、育児を通してパートナーとの関係に悩んでいる人がいたら、「頑張りすぎないで」「自分を大切にしてね」と伝えたいです。
あなたは、あなたのままでいい。

