魔女的な暮らしとは?季節の手仕事から始める「日本の土着魔女」への憧れ

魔女的な暮らしとは?季節の手仕事から始める「日本の土着魔女」への憧れ

「魔女的な暮らし」って、結局なんだろう。

最近、そんなことをよく考えています。

魔女という言葉を聞くと、黒い服を着て、ほうきに乗って、怪しげな呪文を唱える存在を思い浮かべる人もいるかもしれません。

でも、私が憧れている魔女は、少し違います。

季節に合わせて手仕事をする人。
薬草や野草の知恵を持っている人。
梅干しや保存食を仕込み、台所で養生食を作れる人。
魔除けやお守りの意味を知り、土地に残る民間伝承を大切にしている人。
そして、現代社会から少し距離を取りながら、自分のリズムで暮らしている人。

私は、そんな「日本の土着魔女」になりたいのです。

目次

私が憧れる「魔女的な暮らし」

私が憧れている魔女的な暮らしは、特別な力を持つことではありません。

自然のサイクルに気づきながら、自分の手で暮らしを整えていくことです。

春夏秋冬だけではなく、梅雨入り、土用、冬至、夏至、草木が芽吹く頃、虫の声が変わる頃。

そういう細かな季節の移り変わりに気づきながら暮らすことが、私にとっては「生き物として生きている」という実感につながるのだと思います。

現代の暮らしは、とても便利です。

スマートフォンを開けば、すぐに情報が入ってくる。
SNSを見れば、誰かの暮らし、誰かの考え、誰かの正解が流れてくる。
知りたいことはすぐに調べられるし、欲しいものも簡単に買うことができます。

でもその一方で、外からの情報を受け取り続けていると、自分の中から何かを思いつく力が弱くなっていくような感覚があります。

インスピレーション。
想像力。
自分の内側から湧き上がってくるもの。

そういう力が、少しずつ削られていくような感じがするのです。

私にとって、それは「魔力が落ちている」感覚に近いです。

ここで言う魔力は、超能力のようなものではありません。

自分で感じる力。
作る力。
選ぶ力。
暮らしを愛する力。
自分の内側から何かを生み出す力。

それが、私にとっての魔力なのだと思います。

手仕事には、エネルギーが宿る気がする

反対に、季節の手仕事をしたり、生活に必要なものを自分の手で作ったりすると、そこにエネルギーが宿るように感じます。

たとえば、梅干しや梅シロップ。

梅を洗い、ヘタを取り、瓶に詰めて、毎日少しずつ変化を見守る。
それはただの保存食作りではなく、季節の恵みを暮らしの中に閉じ込めるような作業です。

自分の手で編んだミサンガやカバン、服にも、同じようなものを感じます。

量産品とは違う温かみがある。
作った人の時間や手の跡、愛情のようなものが残っている。
それが持つ人を守ってくれるような感覚があります。

私が伝統工芸品や一点ものの服、食器、雑貨に惹かれるのも、きっと同じ理由です。

自然素材で作られたもの。
誰かの手で丁寧に作られたもの。
同じものが二つとないもの。

そういうものには、ただ便利なだけではない力があります。

見ているだけで、身につけているだけで、なんだか元気が出る。

それは「物」ではあるけれど、ただの物ではない。
作り手の時間や祈りが入っているからこそ、お守りのように感じるのかもしれません。

日本の年中行事や民間伝承にも、魔女的な知恵がある

「魔女的な暮らし」というと、西洋のハーブや魔術を思い浮かべることが多いかもしれません。

でも、日本の暮らしの中にも、魔女的な知恵はたくさん残っていると思います。

たとえば、節分の豆まき。
柊鰯。
端午の節句の菖蒲湯。
夏越の祓の茅の輪くぐり。
七夕の笹飾り。
お盆の迎え火や送り火。
冬至の柚子湯。
正月のしめ飾り。

それらは、ただの古い行事ではありません。

季節の変わり目に、厄を祓う。
健康を願う。
家族を守る。
自然や見えないものに敬意を払う。
不安な季節を、みんなで越えていく。

そういう祈りや知恵が、暮らしの中に形として残っているのだと思います。

私は旅先で、その地域ごとの民芸品を買うことがあります。

起き上がり小法師、こけし、赤べこ。

そうした民芸品には、ただかわいいだけではない、その土地独自の歴史や環境、人々の祈りが込められています。

どうしてその形になったのか。
何を願って作られてきたのか。
どんな暮らしの中で必要とされてきたのか。

お店の人からそういう話を聞くのが好きです。

ルーツを知りながら手に取ったものは、ただの雑貨ではなくなります。
その土地の人たちが生き延びるために大切にしてきた知恵や信仰を、少しだけ分けてもらっているような感覚があります。

魔除けやお守りも、きっと同じです。

怖いものを追い払うための怪しい道具というより、その土地の人たちが病気や災害、不安、厳しい自然と向き合いながら、どうにか生き延びるために形にしてきた祈り。

そう考えると、年中行事や民間伝承は、暮らしの中に残された小さな魔法のように思えてきます。

私が「日本の土着魔女」になりたい理由

私は、日本の土着魔女になりたい。

そう書くと少し不思議に聞こえるかもしれません。
でも、私の中ではかなり本気の憧れです。

季節に合わせて手仕事をする。
梅を漬ける。
植物の名前を覚える。
身近な野草や薬草の知恵を知る。
土地に残る民芸品や魔除けの由来を調べる。
自分の手で作ったものに囲まれて暮らす。
自然のサイクルに、少しずつ歩幅を合わせていく。

それは、遠い昔の暮らしにそのまま戻ることではありません。

今の生活の中で、自分の感覚や想像力や、暮らしを作る力を取り戻していくことなのだと思います。

私はたぶん、ジブリ作品の中にある“魔女感”にも、ずっと憧れていました。

植物に囲まれた家。
小さな道具が並ぶ台所。
古いものを大切に使いながら、自分たちの世界を守って暮らしている人たち。

『借りぐらしのアリエッティ』に出てくるような、小さな家や工夫された暮らしを想像するだけでワクワクします。

小さな空間の中に、生活の道具や植物や布や瓶が並んでいる。
そこにあるものは、ただのインテリアではなく、生きるための工夫であり、美意識であり、秘密基地のような世界です。

でも、そういう暮らしは物語の中だけのものではないのかもしれません。

季節の手仕事をする。
民芸品の由来を調べる。
植物を暮らしに取り入れる。
自分の手で何かを作る。

そうやって少しずつ実践していけば、憧れていた世界は、今の暮らしの中にも作っていけるのだと思います。

魔女的な空間を作るなら

もし自分の理想の“土着魔女的な空間”を作るなら、私はこんなものに囲まれていたいです。

薬草やハーブの瓶。
梅干しや保存食の瓶。
民芸品や郷土玩具。
手編みの小物や布もの。
自分で作った服。
竹やつるで編んだかご。
手作りの石けんやキャンドル、オイル、チンキ。
ベランダの小さな庭と植物たち。
ピアノ。
手仕事や植物の本。

そこは、部屋というより、小さなアトリエであり、台所であり、薬草棚であり、秘密基地のような場所です。

食べるもの。
身につけるもの。
癒すもの。
飾るもの。
奏でるもの。
学ぶもの。

それらがすべて、自分の手と自然につながっている空間。

そういうものに囲まれて暮らすことは、私にとって、自分の魔力を少しずつ取り戻していくことなのだと思います。

まずは毎月ひとつ、季節の手仕事をしてみたい

とはいえ、いきなり完璧な「魔女的な暮らし」を作ることはできません。

本もたくさん買いたいけれど、収納には限りがあります。

だからまずは、図書館で借りたり、電子書籍で読んだりしながら、本当に手元に置きたいものだけを厳選していきたいです。

本棚そのものも、自分の好きな知恵だけが残っていく、小さな魔女の書庫のように育てていけたらいいなと思います。

何から始めればいいのかは、正直まだよくわかりません。

でも、まずは歳時記にあるような、昔から季節の節目に行われてきた手仕事や行事から始めてみたいです。

6月は梅仕事をしました。
だから、7月には7月の手仕事をしてみたい。

七夕の笹飾り。
土用干し。
夏の薬味。
虫除け。
暑気払い。

都会に住んでいても、季節を感じる入口はきっとあるはずです。

年中行事の由来を調べて、家で小さく実践してみる。
子どもたちと一緒に季節行事を楽しむ。
よもぎ、どくだみ、たんぽぽのような身近な植物について調べる。
民芸品や郷土玩具を手に入れたら、その由来を調べて記録する。

そんなふうに、毎月ひとつずつ試していけたらいいなと思います。

都会では「そこに生えているから採っていい」とは限らないので、野草や植物の採集については、安全な場所やルールも調べていきたいです。

都内でも採集できる場所、採集してはいけない場所、安全に楽しむ方法。
そういうことも、いつか記事にまとめてみたいと思っています。

「日本の魔女の12ヶ月」を作っていきたい

最終的には、毎月の手仕事や行事、民芸品、植物のことを記録して、「日本の魔女の12ヶ月」としてブログシリーズにしていけたらいいなと思っています。

あるいは、メルマガにしても楽しそうです。

完成された暮らしを見せるのではなく、憧れに向かって一歩ずつ歩いていく姿を記録する。

うまくできたことも、失敗したことも、調べてわかったことも、生活の中で感じたことも、全部含めて残していきたいです。

詩の制作も、並行して続けていきたいと思っています。

季節の手仕事をしながら感じたこと。
植物や民芸品に触れたときに浮かんだ言葉。
生活の中でふと立ち上がった感覚。

それらを、詩や絵や曲にしていく。

良い作品が集まったら詩集を出してみたい。
詩を書く人が集まる場所があるなら、そこにも投稿してみたい。

暮らしの実践と創作が、少しずつ絡まりながら育っていく形が理想です。

魔女的な暮らしは「なりたい自分」を目指すこと

私にとって、魔女的な暮らしは、単なる趣味ではありません。

それは、真に「なりたい自分」を目指す発信につながるものだと思っています。

自分の感覚を取り戻すこと。
自然のサイクルの中で生きること。
手を動かして暮らしを作ること。
土地の記憶や民間伝承を知ること。
詩や絵や音楽で、自分の内側にあるものを形にすること。

それらは全部、私がこれからなりたい自分につながっています。

そして、その歩む姿を発信していきたい。

完成された完璧な暮らしではなく、憧れに向かって試行錯誤している姿。
今の暮らしの中で、少しずつ自分の世界を作っていく姿。

それを見た誰かが、「応援したい」と思ってくれたり、「自分も少しやってみたい」と思ってくれたら、とても嬉しいです。

魔女的な暮らしとは、怪しい呪文を唱えることではありません。

私にとってそれは、季節の変化に気づき、草花の力を借り、手を動かしながら、自分の感覚を取り戻していく暮らしです。

そして私は、そんな日本の土着魔女に、少しずつなっていきたいと思っています。

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

もし今、 「誰にもわかってもらえない気持ちを、ずっと抱えてきた」 「普通を装ってきたけれど、本当の自分が置いてけぼりになっている」 そんな感覚を、少しでも持ったことがあるなら。

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『ユウからの手紙』

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