去年くらいに書いた文章が出てきた。
詩なのか、エッセイなのか、思想メモなのか、自分でもよくわからない。
でも、今読み返してみると、この頃の私は「言葉」や「作品」や「人との関わり方」について、かなり真剣に考えていたんだなと思う。
人生をかけて「言葉」という器を作っている
真理はすぐ隣にあった。
大地のエネルギー。自然のエネルギーだ。
心から感動した時の言葉を持ち合わせていないのに、ジャッジする言葉は山のようにある。
これが、豊かさを妨げているんじゃないか。
魂が喜んでいる瞬間の語彙を増やしたい。
言葉は作品だ。
「言葉」という作品をもらったら、作品全てが愛おしく、言葉への感謝の気持ちがうまれてくる。
私に作品をくれてありがとう。
その作品を渡されて、どう思ったか、何を感じたかは全て自分の解釈になる。
だから、どう受け止めるかは全て私たちの自由なのだ。
作品を鑑賞していて、心が動かされていると感じたら、あなたがその作品に心開いている証拠だ。
その言葉から、誰かを思い出したり、過去を連想したりしているのかもしれない。
もしかしたら、身近な人の面影を重ねているのかもしれない。
時にはナイフで胸を刺されたような痛みを感じたり、腹の中からマグマが湧き出るような怒りを覚えるかもしれない。
でも、それは全て作品に対する私の解釈に過ぎないのだ。
いつも相手に対して感謝と愛情を持って接し、その人の豊かな将来を願う。
言葉というのは、今人生という作品を作っている間に出てくるスケッチや秀作、練習曲、その他創造物なのだ。
だから、その多種多様な作家たちの人生を心から応援する。
お互いに応援し合う。
それが豊かに生きるためのコツなのだと思う。

