9月27日の日曜日、中学校時代の友人の結婚式に参加してきました。
小学校と中学校が同じだった、地元の友人です。
結婚式は90人ほどが集まる、かなり大きなものでした。
私は、小中学校時代の知人が集まる8人ほどのテーブルに呼ばれていました。ほとんどが顔見知りです。
とはいえ、久しぶりに会う人たちばかり。会場に着いて友人たちの顔を見るまでは、結構緊張していました。
久しぶりに会った地元の友人たち
実際に友人たちに会ってみると、すぐに昔と同じように話すことができました。
私は今、個人事業をしているので、持ってきた名刺をみんなに渡しました。InstagramやLINEも交換して、これからもお互いの近況を知れる状態になれました。
中には、現在の私の家の近くに住んでいる友人もいました。「また会おうね」と話せたのが、とてもうれしかったです。
子どもがいる友人たちからは、家庭や子育てについてのかなりリアルな話も聞けました。少し年上の子どもがいる家庭が、今どんな生活をしているのか。
昔から知っている人たちが、それぞれの人生を歩んで、家庭を持ったり、子どもを育てたりしている。長い間会っていなかったからこそ、その時間の積み重なりを一気に感じたような気がします。
結婚式に、メンズスーツで参加した
今回、私はメンズスーツで参加しました。
以前、同僚の結婚式に出たときは、パンツに、チャイナドレスのようなストンと落ちる形の、スリットが入った服を合わせていました。
けれど、その服を着ていたとき、どこか「やっぱり違うな」という感覚がありました。
ドレスを着たくない。
今回スーツを着てみて、改めてそう思いました。
私にとっては、ドレスよりもスーツの方がしっくりきます。着ていて安心感があるし、単純に、こちらの方を着たいと思えるのです。
着ていったのは、以前ピアノの発表会のために仕立てたスーツです。
自分が好きな色でそろえ、自分で気に入って選んだスーツとシャツとベスト。
今は『VIVANT』の乃木憂助くらいの髪型を目指して、かなり短く切っています。いわゆるレディライクなショートヘアでもありません。
この髪型でドレスを着ることには、私はかなり抵抗があります。自分の中ではバランスが悪く感じられるのです。
今回は短い髪を生かして、ワックスで前髪を上げてスタイリングしました。
鏡で見ても、やっぱりスーツの方が似合っている。服と髪型と自分自身が、きちんとかみ合っている感じがしました。
友人たちからも、「めちゃくちゃかっこいい」と言ってもらえました。
スーツを選んで正解だったと思います。
「女性ならドレス」という結婚式の風景
会場を見渡してみると、パンツスタイルで参加している人は本当に少数でした。
おそらく私を含めて、2人か3人くらい。しかも、リースのパンツスーツではなく、いわゆるメンズスーツを着ていたのは私だけでした。
女性の参列者の多くは、肩に届くか、それよりも長い髪でした。長い髪をきれいにアレンジし、ドレスを着ている人もたくさんいました。
その姿を見ながら、純粋に「すごいな」と思いました。
同時に、私はもう、髪を伸ばしてヘアサロンでアレンジしてもらい、ドレスを着て結婚式に参加することはないのだろうな、とも思いました。
少なくとも、今の私はそうした装いをしたいと思っていません。
結婚式というフォーマルな場所には、やはり「女性ならドレス」という強い前提があるのだと感じました。
普段の生活なら、パンツや黒い服を着て、ユニセックスやボーイッシュな格好をすることはそれほど難しくありません。
けれど、結婚式のように、男性と女性の服装がはっきり分かれている場所へ行こうとすると、途端に服選びが難しくなります。
私は男性でも女性でもないノンバイナリーです。そして、女性らしい服装をしたいとも思っていません。
そんな私が、男女で服装の正解が分けられている場所に出かけるには、やはり少し勇気がいります。
これは、ノンバイナリー全体の話ではなく、私自身の話
ここで書いておきたいのは、ノンバイナリーだからドレスを着たくない、という話ではないことです。
ノンバイナリーは、とても幅の広い言葉です。
生まれたときに割り当てられた性別が女性で、フェミニンな服装が好きな人もいます。生まれたときに割り当てられた性別が男性で、男性的なスタイルを好む人もいます。どちらとも異なる装いを好む人も、その日の気分によってさまざまな服を選ぶ人もいるでしょう。
服装の好みだけで、その人の性別を決めることはできません。
今回書いているのは、あくまで私自身の話です。
私は男性でも女性でもないノンバイナリーで、なおかつ、今の私は女性らしい服装をしたいと思っていません。短い髪やメンズスーツの方が、自分にはしっくりきます。
そんな私が、男女によって服装の選択肢がはっきり分かれているフォーマルな場所へ行くとき、何を着るか。周囲からどう見られるか。どこまで自分らしい格好を貫くか。
その間で迷った、という話です。
同じノンバイナリーの人すべてを代表するつもりはありません。
ただ、もし私と似た感覚を持ち、結婚式や同窓会の服装に迷っている人がいたら、「分かる。私も同じように迷っている」と伝えたいのです。
誰と一緒に参加するかで、安心感は変わる
今回、比較的早い段階で「メンズスーツを着ていこう」と決められた理由の一つは、同じテーブルに呼ばれていた知人が、みんな女性だったことです。
振り返ってみると、私がボーイッシュな服を安心して着られるのは、女性の友人と会うときがほとんどです。
男性の友人がいる場へ、かなりメンズライクな服で遊びに行ったり、式に参加したりした経験は、これまでほとんどありません。
だから今後、男女が集まる同窓会などへスーツで参加するとしたら、今回よりもさらに緊張すると思います。
自分では似合っていると思っていても、周囲からは「浮いている」と見られる可能性があります。
それほど親しくない人が多ければ、服装について説明を求められたり、面倒そうな反応をされたりすることもあるかもしれません。
誰が来るのか。そこに安心できる友人がいるのか。主催する人が「どんな服で来てもいいよ」と言ってくれているのか。
同じ服を選ぶとしても、そうした条件によって居心地のよさは大きく変わるのだと思います。
結婚式なら、新郎新婦からの言葉を安心材料にできます。けれど、同窓会のように明確な主賓がいない集まりでは、結局「一般的なマナー」や「暗黙の了解」が基準になります。
その基準から外れる格好を選ぶなら、周囲の視線や言葉に耐えられるだけの心の準備も必要になる。
そう考えると、「好きな服を着ればいい」と簡単には言い切れません。
スーツ姿から想像される「私」
友人からは、私のスーツ姿を見て、「医者とか弁護士みたいな仕事をしているのかと思った」とも言われました。
小さい頃から「頭がいい」という印象を持たれていたこともあり、ショートヘアでスーツを着た姿が、そういう職業の人に見えたようです。
実際の私は、医者でも弁護士でもありません。個人事業でブログを書いていると話すのが、少し恥ずかしくなってしまいました。
でも、ショートヘアでメンズスーツを着ている姿が、「独立していて強そう」「自分のスタイルを貫いていそう」という印象につながったのかもしれません。
また、普段からボーイッシュな格好をしているため、結婚していると言うと驚かれ、子どもが3人いると言うとさらに驚かれます。
今回の結婚式でも、その二段階のリアクションがありました。
もうだいぶ慣れましたが、見た目と結婚、見た目と子育てが、世間の中では無意識に結びつけられているのだと感じます。
ボーイッシュな見た目の人は、結婚や子育てから遠い存在に見えるのでしょうか。
「結婚できなさそう」と思われるようなイメージが、昔から私にはあったのかもしれません。
「ホストみたい」と言われる可能性もある
このスーツをピアノの発表会で着たとき、親戚から「ホストみたい」と言われたことがありました。
私はその言葉が、少し嫌でした。
今回のようなスタイルで出かければ、これからも似た反応をされることはあると思います。
似合っている、かっこいい、と言ってもらえることもある。一方で、冗談っぽく分類されたり、服装の理由を説明するよう求められたりすることもある。
フォーマルな場所で、自分の好きなスタイルを選ぶには、そうした反応に対するある程度の「免疫」も必要なのだと思います。
経験がなければ、かなりきついこともあるはずです。
だから、同じようにドレスを着たくない人へ、無責任に「好きな服を着ればいいよ」とは言えません。
好きな服を着るために、どんな環境なら安心できるのか。誰と一緒なら参加できそうか。何か言われたとき、どう受け流すか。
自分を守る方法も含めて考えていいのだと思います。
子どもと一緒に迎える結婚式
今回の主役である友人は、コロナ禍に婚姻届を提出し、まだ結婚式を挙げていませんでした。
今は3歳くらいのお子さんがいて、今回は家族3人で迎える結婚式でした。
新郎新婦だけではなく、家族3人をみんなでお祝いする。そんな式だったように思います。
友人がこれまでたどってきた人生の話を聞けたことにも、とても感動しました。
そして、何より印象に残ったのが、その3歳のお子さんです。
式の間、新郎新婦である両親は前の席に座っています。まだ3歳なら、途中で両親のところへ走っていったり、甘えたくなったりしても不思議ではありません。
けれど、その子は最後まで、おばさんやいとこたちと一緒にテーブルで過ごしていました。
本当に偉かった。
その姿を見て、私は思わず涙が出ました。わが家にも同じくらいの年齢の子どもがいるから、なおさら胸にくるものがあったのだと思います。
私自身も、もし結婚式を挙げる可能性があるとしたら、神社での神前式を考えています。
子どもたちも一緒に、家族みんなで迎える結婚式。
今回はそのチャペル式版ともいえる形を実際に見ることができて、こんな結婚式もあるのだと感じられました。
私は、私が安心できる服で祝いたい
今回スーツを着て分かったのは、私はドレスよりもスーツを着たいのだ、ということでした。
好きな色で、自分が気に入って選んだ服。今の髪型にも、自分の感覚にも合っている服。
その服を着ていたからこそ、緊張しながらも、自分のまま友人を祝えたのだと思います。
フォーマルな場所には、今も男女ではっきり分けられた服装のルールがあります。
そこから外れる服を選ぶことには、少し勇気がいります。誰と参加するか、周囲にどう見られるかによって、安心感も変わります。
それでも今回は、メンズスーツを選んでよかった。
久しぶりに会った友人たちと話し、名刺を渡し、連絡先を交換して、また会おうと約束できました。
そして、昔からの友人が家族と一緒に迎えた大切な日を、自分が安心できる服で祝うことができました。
これは、ノンバイナリーの人ならこうするべき、という話ではありません。
ただ、私と似た感覚を持つ人に、「私も同じように迷っているし、それでも今回はスーツを選んでよかった」と伝えられたらと思います。

