こんにちは、ユウです。
子どもが体調を崩すと、家庭の予定は一気に変わりますよね。
保育園から呼び出しが来て、仕事を中断してお迎えに行く。
そのまま家で子どもを見ながら過ごす。
場合によっては翌日も登園できず、予定していた仕事がまるごと進まない。
子育て中ならよくあることかもしれません。
でも、よくあることだからといって、負担が軽くなるわけではありません。
今回は、子どもの病児対応が続いたことをきっかけに、夫と話し合いをしました。
結論から言うと、かなり生産的な話し合いができました。
ポイントは、私が自分のモヤモヤを「感情」だけで伝えるのではなく、
その奥にある「事実」を整理して伝えられたことだったと思います。
病児対応が続き、平日の仕事時間が確保できなかった
夫は出張が多いため、平日に保育園から呼び出しがあると、基本的には私が対応することになります。
今回も子どもの体調不良が続き、平日5日のうち4日、病児対応に使うことになりました。
もちろん、子どもが体調を崩すのは仕方がありません。
夫が出張で物理的に対応できないこともあります。
そこに対して「なんで出張なの?」と言いたいわけではありませんでした。
ただ、私の中でしんどかったのは、
本来なら仕事に使うはずだった時間が、病児対応によってなくなっていることでした。
私は会社員ではありませんが、保育園に預けている日中の時間は大事な仕事の時間です。
ブログを書く。
メルマガを書く。
講座やコミュニティの準備をする。
自分の活動を進める。
その時間が、保育園からの呼び出しによって突然なくなります。
そして、その状況が家庭の中で「なんとなく私が吸収するもの」になっていることに、強いモヤモヤがありました。
つらかったのは、労いの言葉がなかったこと
今回、私が特につらかったのは、夫から労いの言葉がほとんどなかったことでした。
「大変だけど、よろしく」
というような言葉はありました。
でも、私としては、そこにもう少し
「ありがとう」
「助かる」
「代わりに見てくれているんだよね」
という認識がほしかったんです。
私が夫の代わりにやっている。
私が本来仕事に使えるはずだった時間を、子どもの病児対応に使っている。
そのことが見えていないように感じました。
夫に仕事を変えてほしいわけではありません。
ただ、支え合う関係でいるためには、
こういうときに感謝や労いの言葉を交わすことは大事だと思いました。
「私がやって当然」になってしまうと、きっと長くは続かない。
そう感じたんです。
LINEでは「何に腹が立っているのか」を伝えた
私は、夫にLINEで自分の気持ちを伝えました。
感情的になりすぎないようにしたいと思いつつ、
それでも「私はこういうことに腹が立っています」ということは、ちゃんと言葉にしました。
伝えたかったのは、ざっくり言うとこういうことです。
夫はフルタイムで働けている。
一方で、私は本来働けるはずだった時間を病児対応で諦めている。
その状況を踏まえた上で、何かかける言葉はないのか。
ありがとうや助かるという感謝がないことに、私は腹が立っています。
その後、夫からは数日間返信がありませんでした。
未読のままだったので、正直それもしんどかったです。
ただ、その後「週末に話しましょう」と返事があり、改めて話し合うことになりました。
まずは病児対応にかかるコストを共有した
週末、私は自分から話を切り出しました。
ただ、最初から「労ってほしかった」と感情の話に入るのではなく、
まずは病児対応にどんな選択肢があるのか、事実確認から始めました。
たとえば、自治体の病児保育施設があります。
事前登録や予約が必要で、枠も少ない。
必ず預けられるわけではありません。
それでも、使えれば1日数千円程度で預かってもらえることもあり、かなりありがたい制度です。
一方で、民間の病児保育やベビーシッターを利用する場合は、もっと費用がかかります。
月額料金や年会費が必要なサービスもあります。
いざというときの保険にはなりますが、家計的には簡単に導入できる金額ではありません。
さらに、わが家の場合は子どもが複数人います。
たとえば、何人かは保育園に行けるけれど、何人かは病児対応が必要な場合。
私ひとりだと、病気の子を家に残して、元気な子だけを保育園に送ることができません。
実家の母や妹がいる日なら助けてもらえることもあります。
でも、そうでなければ難しい。
つまり、病児対応は「家で子どもを見ればいい」という単純な話ではありません。
お金もかかる。
人手もいる。
送迎の問題もある。
予約できるかどうかの問題もある。
きょうだいの体調差もある。
そういう現実を夫と共有しました。
そして、外部サービスを使わずに済んでいるとき、その分を私の時間で引き受けているのだと伝えました。
「失った仕事時間を土日に取り戻す」という案が出た
話し合いの中で、自治体の病児保育は選択肢として考えられるね、という話になりました。
ただ、実際に使うには送迎やきょうだい対応の問題があります。
民間サービスは便利だけれど、費用面ではかなり負担が大きい。
そのうえで、夫からひとつ提案がありました。
平日に保育園からの呼び出しや病児対応で仕事ができなかった場合、
その時間を記録しておいて、土日に仕事時間として確保すればいいのではないか。
土日にカフェなどに行って、仕事してきてもいいよと言ってくれました。
これは、私にとってかなり大きな提案でした。
今までは、平日に仕事ができなかった時間がそのまま消えていく感覚がありました。
でも、失った時間を記録して、あとで取り戻せるなら、気持ちが少し変わります。
平日は子どもの対応に集中する。
その分、土日に自分の仕事時間を確保する。
そういう仕組みにできるなら、「また私の時間だけが消えた」と思わずに済むかもしれないと思いました。
「どっちも忙しい」では進まなかった話が、今回は進んだ
今回の話し合いで、特に印象に残っていることがあります。
これまで私が「子どもを見ていた分の時間を、あとで仕事時間として確保したい」と話すと、
夫からは「俺も仕事が終わっていない」という反応が返ってくることがありました。
もちろん、夫も忙しいです。
夫の仕事が大変なこともわかっています。
でも、私が言いたかったのは「夫だけ楽をしている」ということではありません。
夫はフルタイムで働く時間自体は確保できている。
その上で仕事が終わらない。
一方で私は、仕事に使うはずだった時間そのものが、病児対応によって失われている。
ここには違いがあります。
今回、夫はその違いを理解してくれたようでした。
夫自身も、
自分の仕事が終わらないとしても、それはフルタイムで働いた上で終わらないことだから、自分がどうにかしなければいけないことだ
というようなことを言ってくれました。
これはかなり驚きました。
今まで「俺も忙しい」で止まっていた話が、
今回は「忙しさの種類が違う」というところまで共有できた気がしました。
モヤモヤには、ちゃんと理由がある
今回のことで改めて思ったのは、
自分がモヤモヤするときには、それなりの理由があるということです。
ただイライラしているわけではない。
ただ「ありがとうと言ってほしい」と思っているだけでもない。
その奥に、見過ごされている事実があります。
今回の私の場合は、
「労ってほしい」
「ありがとうと言ってほしい」
という気持ちの奥に、
「私は本来仕事に使うはずだった時間を、病児対応で手放している」
という事実がありました。
そこが見えていないように感じたから、つらかったんだと思います。
だからこそ、感情だけをぶつけるのではなく、
その下にある事実を整理して伝えることが大事なのだと感じました。
労いの言葉は相手の課題。でも仕組みは一緒に作れる
もちろん、今後夫がどれだけ労いの言葉をかけてくれるかは、夫の課題でもあります。
私がどれだけ説明しても、最終的に「ありがとう」や「助かる」を言葉にするかどうかは、相手に渡っているボールです。
そこは私が完全にコントロールできることではありません。
でも、今回ひとつ具体的な仕組みができました。
保育園から呼び出しがあった。
病児対応で仕事ができなかった。
その時間を記録する。
そして、その分を土日に仕事時間として確保する。
この仕組みがあるだけで、平日の気持ちはかなり変わります。
「今日も仕事ができなかった」
「私ばかり予定を諦めている」
だけで終わらずに、
「この時間はあとで取り戻せる」
「今は子どもを見ることに集中しよう」
と思えるようになります。
これは、私にとってかなり大きな変化でした。
感情を我慢するのでも、ぶつけるだけでもなく
夫婦で暮らしていると、これからもモヤモヤすることはあると思います。
子どもの体調不良。
仕事の都合。
家事や育児の分担。
時間の使い方。
お金のこと。
そのたびに、感情を全部飲み込んでいたら苦しくなります。
でも、感情だけをぶつけても、相手には伝わりにくいことがあります。
だからまず、自分のモヤモヤの下にある事実を考える。
私は何に傷ついたのか。
何が見えていないと感じたのか。
本当は何を共有したいのか。
どんな仕組みがあれば、次は少し楽になるのか。
そこを整理して伝えることが大事なのだと思いました。
今回、私はそれが少しできた気がします。
病児対応で仕事が進まない。
それは、ただの愚痴ではなく、
家庭の中で誰の時間がどう使われているのかという話でした。
モヤモヤを「事実」として伝えたことで、夫婦の話し合いが少し前に進みました。
これからも完璧にはできないと思います。
でも、自分のモヤモヤをなかったことにせず、
その理由を考えて、必要なことは言葉にしていきたいです。
夫婦で支え合うためには、気持ちだけでなく、具体的な仕組みも必要なのだと思います。

