LGBTは知っていた。でも私は見つからなかった|ノンバイナリー・アセクシャルの認知度から考えること

最近、LGBTQ+に関する認知度調査の記事を読みました。

調査によると、「LGBTQ+という言葉を知っている」と答えた人は76.7%。

一方で、

  • ノンバイナリー:14.2%
  • クエスチョニング:13.8%
  • アセクシャル・アロマンティック:10.7%
  • Xジェンダー:7.4%

という結果だったそうです。

数字だけを見ると、「まだ認知度が低いんだな」と思うかもしれません。

でも私は、この数字を見て少し違うことを考えました。

それは、

「私が30歳を過ぎるまで、自分のことがわからなかったのは仕方なかったのかもしれない」

ということです。

目次

LGBTという言葉は知っていた

私が初めてLGBTという言葉を知ったのは20歳の頃でした。

大学の交換留学制度で、1か月間カナダへ行ったときのことです。

大学の授業の中でLGBTについて扱われる機会がありました。

また、留学生をサポートしてくれるスタッフの中には、ゲイであることを公表している方もいました。

当時の日本よりもずっと身近な存在として語られていて、こんなふうに初めましての相手にカミングアウトできるような環境なのだなと思いました。

でも、そのときの私は思いました。

「自分も近いような気がするけど、LGBTではなさそうだな」と。

私は同性を好きになるわけではない。

男性になりたいわけでもない。

だからLGBT当事者ではない。

そう思っていました。

本当はずっと違和感を抱えていた

今振り返ると、違和感はずっとありました。

女性らしくすることへの抵抗感。

恋愛の価値観の違い。

性的な話題への温度差。

でも、それらはすべて別々の悩みだと思っていました。

例えば、私は恋愛をしても友情の優先順位が下がりません。

だから、告白して振られた後に距離を置く人や、恋人ができた途端に友人関係が変わることがよく理解できませんでした。

あんなに話が合って、あんなに仲良くしていたのに。

恋人という枠に入れなかったら、一緒にいる価値は下がってしまうのだろうか。

そんな疑問を何度も感じていました。

また、性的な話題がまるでマウントの取り合いのようになる空気も苦手でした。

でも、その理由はわかりませんでした。

ただ私が「その手の話題に強い苦手意識があるタイプなのかな」と思うだけでした。

実はLGBTが少し羨ましかった

今思うと不思議なのですが、当時の私はLGBTの人たちが少し羨ましかったのです。

もちろん差別や困難があることは理解していました。

それでも、「自分を説明する言葉がある」ことが羨ましかった。

そこには仲間がいて、コミュニティがあって、自分のことを話せる場所があるように見えました。

一方で私は、

「何が違和感なのか」

さえ説明できませんでした。

だから、

「私はそこにも入れないんだな」

と思っていました。

ノンバイナリーやアセクシャルという言葉に出会った日

それから何年も経ってから、

私はノンバイナリーやXジェンダー、アセクシャルスペクトラムという言葉に出会いました。

そのとき思ったのは、「これだ!」でした。

驚くほど自然に自分に当てはまりました。

同時に、「私はやっぱりマイノリティだったんだ」とも思いました。

恋愛への違和感。

女性らしさへの抵抗感。

友人との距離感。

性的な話題への温度差。

それまでバラバラだった点が、一気に線になった感覚でした。

でも、今度は別の不安があった

言葉は見つかりました。

けれど、今度は別の不安が生まれました。

「同じ人は本当にいるんだろうか」

という不安です。

LGBTについては知っていました。

でも、ノンバイナリーやアセクシャルはさらに情報が少ない。

調査結果を見ると、その認知度は10%前後。

当時感じていた孤独感は、決して思い込みではなかったのだと思います。

「自分だけじゃなかった」と知った瞬間

私が本当に安心できたのは、実は言葉を知ったさらに後になってから。

自分でコミュニティを立ち上げたときです。

そこに来てくれた方の中に、「性別迷子という言葉に惹かれて来ました」と言ってくれた方がいました。

その方も、大人になってから自分のセクシュアリティについて考えるようになったそうです。

私はその話を聞いて嬉しくなりました。

なぜなら、私自身もそうだったからです。

ずっと悩んでいました。

でも、自分自身と向き合うことをゆっくりできずにここまできたのです。

そして、結婚して、子どもが生まれて、人生の節目を迎えたからこそ、自分自身を見つめ直すことができました。

気づくタイミングは人それぞれなんだ。

いつ気がついても、それが自分のアイデンティティなんだと言っていいんだ。

そう思えた瞬間でした。

だから私はSOGIという言葉を使いたい

LGBTQ+という言葉が広がったことで、私のように救われた人はたくさんいると思います。

Qや+が加わったことで、

「もしかしたら私も含まれているのかもしれない」

と思える人が増えたからです。

でも私は、今もSOGIという言葉を大切にしています。

なぜなら、

どこにいてもマイノリティを感じてしまう人を取り残したくないから。

そして、

「自分は関係ない」

と思っている人にも当事者意識を持ってほしいからです。

性のあり方は一部の人だけのものではありません。

誰もが持っているものです。

これからの教育に必要だと思うこと

私は学校教育の中で、もっと性の多様性を扱ってほしいと思っています。

「LGBTとは何か」という教育ではなくて、もっと包括的な内容にしてほしい。

恋愛指向。

性的指向。

性自認。

性欲。

これらはそれぞれ独立していて、

強い人もいれば弱い人もいる。

グレーな人もいれば、ない人もいる。

そうした大きな枠組みで伝えてほしいのです。

そうでなければ、マイノリティの子は

「自分はここにも入れない」

と感じてしまうかもしれません。

そしてマジョリティの子も、

知らないまま視野を狭めてしまうかもしれません。

最初に何を伝えるか。

それがとても大切だと思っています。

そして最後には、

どんな感覚を持っていても尊重すること。

その道徳的な教育が必要だと思います。

私はそういう意味で、SOGIEという言葉を推しています。

SOGIEとは、

SO(Sexual Orientation / 性的指向)
恋愛感情や性的関心がどの性別に向くか、あるいはどの性別にも向かないか。

GI(Gender Identity / 性自認)
自分自身の性別をどう認識しているか(男性、女性、あるいはどちらにもあてはまらないXジェンダーなど)。

GE(Gender Expression / ジェンダー表現)
服装、髪型、言葉遣い、振る舞いなど、外見や行動を通じて周囲にどのように自分の性を表現するか。

のこと。

これらは、すべての人に当てはまる言葉だからです。

まとめ|私は30歳を過ぎてから自分を知った

もし20歳の私に会えるなら、

こう伝えたいと思います。

「もっとLGBTやジェンダーアイデンティティに関する本を読んで」と。

当時の私は、ベイマックスの画集やシャーロック・ホームズの原書を買って満足していました。

それはそれで楽しかったのですが(笑)。

もしあのとき、もう少し広い世界を知っていたら。

もう少し早く自分を理解できていたかもしれません。

でも、気づくタイミングは人それぞれです。

30歳でも。

40歳でも。

60歳でも。

大切なのは、自分の感覚を否定しないこと。

そして、誰かの感覚も否定しないこと。

私はこれからも、そんなことを伝えていきたいと思っています。

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

もし今、 「誰にもわかってもらえない気持ちを、ずっと抱えてきた」 「普通を装ってきたけれど、本当の自分が置いてけぼりになっている」 そんな感覚を、少しでも持ったことがあるなら。

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