「『女性らしく』頑張ってきたのに、なぜかしんどかった理由|ノンバイナリーと母親役割を語るイベント開催報告」

5月26日に、オンラインイベント
「『女性らしく』頑張ってきたのに、なぜかしんどかった理由」を開催しました。

今回は、前回に引き続き少人数での開催となり、結果的には参加者の方と一対一で、ゆっくりお話を聞かせていただく時間になりました。

大人数で盛り上がるイベントとは少し違いますが、こうしたテーマは、むしろ少人数だからこそ話せることもあるのだと感じています。


目次

イベントでお話ししたテーマ

今回のイベントでは、私自身の経験をもとに、
「女性らしく」と言われることのしんどさ
そして、
「母親であること」と「母親らしさを押し付けられること」の違い
についてお話ししました。

私は、3児の親であり、Xジェンダー/ノンバイナリーでもあります。

子どもを産み、育てていること自体が嫌なわけではありません。
けれど、身体的性が女性であることを理由に、家事や育児、家庭内の気配り、子どものことを把握していることまで、当然のように期待されることには、ずっと違和感がありました。

イベント資料でも、「外側から付けられた役割」という言葉を使いながら、身体的性が女性であることを理由に、性別的な役割の負担が増えていくことへのモヤモヤを整理しています。


「母親であること」が嫌なのではなく、役割を貼られることがしんどい

今回、特にお話ししたかったのは、
母親であること自体がしんどいのではないということです。

しんどかったのは、
「母親なんだから、子どものことを一番わかっているはず」
「母親なんだから、家事育児を中心に担うのが自然」
「仕事は家庭の合間にやるもの」
というような前提でした。

母親という言葉の中に、いつの間にか、家事育児の責任や、女性らしさや、家庭を優先するべきという期待まで重ねられていく。

そのことが、私にとっては苦しかったのだと思います。

こちらに関連したお話は、こちらの記事でも書いています↓


参加者の方と話して感じたこと

イベント後半では、参加者の方のお話をゆっくり聞かせていただきました。

その中で印象に残ったのは、
「ノンバイナリー」と一言で言っても、その感じ方は本当に一人ひとり違うということです。

男性でも女性でもない。
でも、何か別の性別に強くなりたいわけでもない。

そうした感覚は、言葉にしようとするととても難しいものです。

同じ「ノンバイナリー」という言葉を使っていても、性表現、名前への感覚、身体との距離感、男性・女性というカテゴリーとの関わり方は、人によってまったく違います。

だからこそ、ラベルは「正解」ではなく、話し始めるための入口なのかもしれないと感じました。


名前と性別の話

参加者の方からは、名前についてのお話もありました。

もともとの名前に性別的な響きを感じていたこと。
そして、よりユニセックスな響きの名前を選べたことが嬉しかった、というお話でした。

この話には、私自身もとても共感しました。

私は本名の「ユウ」という名前を使って発信しています。
この名前は、男性にも女性にも限定されにくい響きがあり、そこが自分でも気に入っているところです。

名前は、ただの呼び名ではなく、
「自分が自分としていられる感覚」
にもつながっているのだと思います。


「男性」「女性」に迷わずチェックできることへの不思議さ

もうひとつ印象に残ったのは、性別欄の話です。

書類やSNSなどで、
「男性」
「女性」
のどちらかにチェックを入れる場面があります。

多くの人にとっては、あまり深く考えずに済むことかもしれません。

けれど、私にとっては、そこで立ち止まってしまう感覚があります。

「自分は女性です」と言い切るには、どこか違和感がある。
でも、「男性になりたいのですか」と言われると、それも違う。

そのどちらでもない感覚に、あとから「ノンバイナリー」という言葉がついたのだと思います。


この場でなら話せる、ということ

今回、参加者の方が
「こういう感覚は、周りに話してもなかなか伝わらない」
ということを話してくださいました。

だからこそ、この場で名前や性別の感覚について話してくださったことが、とても嬉しかったです。

私が開きたいのは、正解を教える場ではありません。

「私はこう感じている」
「言葉にしにくいけれど、ずっと違和感があった」
「もしかしたら、これも話していいことなのかもしれない」

そんなふうに、自分の感覚を少しずつ言葉にできる場所を作りたいと思っています。


ノンバイナリーの人だけに向けた話ではない

今回のテーマは、ノンバイナリーやXジェンダーの人だけに向けたものではありません。

女性として扱われ、母親役割を当然のように背負わされている人の中にも、
「なんで私だけ?」
「どうしてこれが当たり前になっているんだろう?」
と感じている人はいると思います。

そのモヤモヤは、ただの愚痴にしておくことではないと思うのです。

自分にどんな役割が貼られているのか。
どんな言葉の裏に、どんな期待を感じているのか。

そうやって見つめ直すことで、自分のしんどさを少し冷静に言葉にできることがあります。


少人数で、細々と続けています

今回も、結果的には一対一でじっくりお話を聞く時間になりました。

「参加者が自分だけだったら申し訳ない」
と思う方もいるかもしれません。

でも、まったくそんなことはありません。

むしろ、他の人がいる場では話しにくいことも、一対一や少人数だからこそ、ゆっくり言葉にできることがあります。

今後も、月1回くらいのペースで、こうしたオンラインイベントを細々と続けていきたいと思っています。


まとめ

今回のイベントを通して、あらためて感じたのは、
違和感は、話してみることで少しずつ形になる
ということでした。

「女性らしく」
「母親らしく」
「男性なんだから」
「女性なんだから」

そんな言葉に、なんとなく息苦しさを感じてきた人へ。

その感覚は、なかったことにしなくていいものだと思います。

言葉にすることで、自分を責めるだけではなく、
「私は、こういうまなざしの中で苦しかったんだ」
と気づけることがあります。

これからも、そんな違和感を安心して話せる場を、少しずつ開いていけたらと思います。

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

もし今、 「誰にもわかってもらえない気持ちを、ずっと抱えてきた」 「普通を装ってきたけれど、本当の自分が置いてけぼりになっている」 そんな感覚を、少しでも持ったことがあるなら。

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