人間社会を少し外から眺める、トマトとコーン第1話の制作裏話

人間社会を少し外から眺める、トマトとコーン第1話の制作裏話

トマトとコーン第1話「人間は細かく分かれる」は、こちらから見られます。

動画の音声を入れていると、一般的な音声入りのリールが、思っていた以上に速いテンポで作られていることに気づきました。

自然に会話すると、もっと間があります。

けれど、多くの動画ではその間が削られ、音声そのものも速くなっている。

みんな、せっかちなんだなあと思いました。

それでも私は、トマトとコーンの会話を速くしませんでした。

野菜だから。

今回は、そんな二人が人間社会について話す短い動画、「トマトとコーン」の第1話ができるまでのことを書いてみます。

目次

人間社会を眺める、二人の野菜

私は以前から、動画を作ってみたいと思っていました。

ただ、自分の思いを画面に向かって(顔出して)喋ったり、思いを文章にしてスライドショーで流すような動画は、ちょっと小っ恥ずかしくて。

それよりも作ってみたかったのは、もう少しシュールで、誰が見てもどこかに共感できるもの。

笑えるけれど、見終わったあと、人間社会に小さな疑問符が残るような動画でした。

そこで登場してもらうことにしたのが、自分で編んだトマトとコーンです。

私には、自分のことを人間だと思っていないような感覚があります。

自然の中にいる植物や動物の側から、人間を眺めていたい。

自分の中では当たり前に感じていることが、世の中では違っている。自分の当たり前と、世の中の当たり前がずれている。

以前から、私は自分を宇宙人のように感じることがありました。

その感覚は、異種生物であるトマトとコーンを使ってなら、そのまま語れるのではないかと思ったのです。

二人は、人間社会に正しい答えを教える存在ではありません。

野菜の立場から人間を観察し、自分たちと似ているところや違っているところを見つけながら、ただ不思議がる。

人間社会から一歩引いた視点には、シュールさが生まれます。

同時に、その一歩引いた視点は、物事を考えるときに必要なものでもあると思っています。

「男の子? 女の子?」と聞かれたあと

第1話の舞台は、スーパーの野菜売り場です。

トマトを手に取っていた子どもが、おばあさんから「女の子? 男の子?」と聞かれます。

何も答えなかった子どもは、トマトを売り場へ戻し、親のところへ行ってしまう。

その様子を見ていたコーンが言います。

人間って大変だね。私から見たら人間にしか見えないけど、さらに細かく分かれるんだ。

この場面のもとになったのは、最近、実際に自分の子どもと一緒にいるときに経験したことでした。

子どもの性別を聞き、女の子なら「いいわねえ」、男の子なら「大変ねえ」と続く。

性別を尋ねるところから、そのあとの反応までが、一つのやり取りとしてテンプレ化しているように見えました。

なぜ、そもそも男の子か女の子かを聞くのだろう。

それは、その人を知るうえで重要なことなのだろうか。

シリーズの第1話では、そんな身近な一場面から始めることにしました。

皮肉ではなく、異種生物から見たずれへ

台本は、最初から現在の形だったわけではありません。

第1稿では、AIを使って私が考えそうな台本を作って、と指示出しをしました。
すると、売り場や予算、棚といった、人間の商売や管理の都合を皮肉る会話が出てきて、「私、こんなこと言ってそうなんだ」と、ちょっと面白かったのですが、私が描きたい方向性とは全く違ったのでボツに。

そこから何度か書き直し、植物たちが人間を純粋に不思議がる話へ変わっていきました。

最終的には、子どもやおばあさんを映さず、声も入れていません。二人の会話だけで、売り場で起きた出来事を伝える形にしました。

私が作りたかったのは、人間社会を批判する動画というより、トマトとコーンが人間を眺めている動画でした。

自分たちにとっての当たり前と、人間にとっての当たり前がずれている。

そのずれを、どちらか一方の正しさに決めず、そのまま残しておく。

それこそが、違った立場のもの同士が共存するということなのではないかと思うのです。

だから、「人間って大変だね」という台詞も皮肉ではありません。

コーンは、本当に人間を不思議がっています。

リールの時間ではなく、野菜の時間

実際に動画を作ってみて分かったのは、よくある音声入りのリールがどれもこれも、かなり早口ということでした。

間を削り、音声を早送りし、次々と言葉を届ける。

自分で声を入れて初めて、普段見ている動画が、どれほど速いのかを感じました。

けれど、今回の動画では、あえてその速度に合わせませんでした。

自分のペースで会話しているようにしたかったからです。

野菜だから。

トマトが自分の売り場の表示を確かめる場面でも、すぐに答えず、前後に間を置きました。

コーンのところには「スイートコーン」と書かれている。

では、トマトのところには何と書かれているのか。

トマトは少し間を置いて、こう答えます。

「トマト」

編みぐるみと動画が、新しい入口になった

公開後には、これまで私をフォローしていなかった人からも「いいね」がつきました。

そこから、編みぐるみの可愛さや、動画というコンテンツが持つ入口の広さを感じました。

今回扱ったのは、性別で人を分けることへの疑問です。

でも、最初からその問いに関心がある人だけが見るわけではありません。

トマトとコーンが気になって見る人もいる。二人の会話を面白いと感じる人もいる。

そうやって入ってきた人の中に、何か小さな引っかかりが残ったら作った甲斐があったと思います。

私自身、この動画で答えを出したいわけではありません。

性別を聞くことが、いつでも間違っていると言いたいわけでもない。

ただ、いつも同じように交わされる会話を、野菜の側から一度眺めてみる。

すると、それまで当然だったものが、少し不思議に見えてきます。

これからも、いろいろな場所にこの二人が現れます。

そこで人間の何を見つけ、何を不思議がるのか。

私もまだ知りません。

次回もどうぞお楽しみに。

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

もし今、 「誰にもわかってもらえない気持ちを、ずっと抱えてきた」 「普通を装ってきたけれど、本当の自分が置いてけぼりになっている」 そんな感覚を、少しでも持ったことがあるなら。

ユウからの手紙を受け取ってみてください。

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『ユウからの手紙』

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