家にいるのに休まらない|育児中ずっと気を張っていた私が「安心」を思い出すまで【体験談】

最近ふと、自宅に帰って「ほっとした」と感じた瞬間がありました。

玄関を開けて、
いつもの空気の匂いを吸い込んだとき。

「ああ、帰ってきた」

そんな感覚が、
身体の奥から広がっていったんです。

でも、その直後に、
少し不思議な気持ちになりました。

私はいつから、
“家で安心する感覚”を忘れていたんだろう、と。

子どもが生まれる前の私は、
家がかなり好きでした。

お気に入りの音楽を流したり、
ぼーっと窓の外を眺めたり、
ノートに思いついた言葉を書いたり。

家は、何かを頑張る場所ではなく、
「本来の自分に戻れる場所」だった気がします。

でも、子どもが生まれてから、
家の空気は少しずつ変わっていきました。

もちろん、
子どもたちは大切です。

かわいくて、
愛おしくて、
生きていてくれるだけで奇跡みたいだと思う。

だけどその一方で、
私はずっと、
身体のどこかに力を入れて生きていました。

目次

子どもが生まれてから、「家」が緊張する場所に変わった

特に双子が小さい頃は、
「気を抜いたら危ない」
という感覚がずっとありました。

食べさせなければ。

転ばないように見ていなければ。

変なものを口に入れていないか見ていなければ。

熱はないか。

泣き方がいつもと違わないか。

ちゃんと息をしているか。

子どもを育てるというのは、
命を預かることなんだと、
毎日身体で感じていました。

だから、
家にいても、
心が休まらなかった。

ソファに座っていても、
意識だけはずっと立ちっぱなし、みたいな感覚。

眠っていても、
耳だけは起きている。

常に、
世界に対してアンテナを張り続けている状態でした。

だから、いつの間にか
自分が緊張していることにすら、
気づけなくなっていました。

3歳と2歳双子の成長で、少しずつ変わり始めた

最近、
3歳の子と、2歳の双子が、
少しずつ自分たちで遊べるようになってきました。

もちろん、
まだまだ手はかかります。

でも、
「常に付きっきり」ではなくなってきた。

少し離れた場所から見守れる時間が、
少しずつ増えてきたんです。

そんなある日、
仕事をして少し疲れて帰宅したとき。

私は久しぶりに、
「家に帰って安心した」
と感じました。

その感覚が、
自分でも驚くくらい久しぶりだった。

玄関を開けた瞬間、
肩の力が抜けていくような感じがしました。

それまでずっと、
家は「休む場所」ではなく、
“別の職場”になっていたのかもな、と思いました。

「私は4年間ずっと緊張していたんだ」と気づいた

そのとき、
ふと思ったんです。

「ああ、私、4年間ずっと緊張してたんだ」

って。

でもその気づきは、
雷みたいな衝撃ではありませんでした。

長い間つけっぱなしだった換気扇の音が止まって、
「あれ、こんなに静かだったんだ」
と気づくみたいな。

もうしばらく、聞いていなかったけど、
本当はずっと聞きたかった音。

それに反して、私の身体はずっと頑張っていた。

ずっと、“戦闘モード”だったんだと思います。

特に私は、
昔から「普通」に合わせようとする癖が強かった。

ちゃんとしなきゃ。

迷惑をかけちゃいけない。

周りを不安にさせちゃいけない。

そうやって、
無意識に肩に力を入れて生きてきた気がします。

ノンバイナリーとして、
“普通”に対する違和感を抱えながら生きてきたことも、
きっと関係していると思います。

周囲に合わせる。

空気を読む。

違和感を飲み込む。

その積み重ねの延長線上に、
「ちゃんと育てなきゃ」があった。

だから私は、
“気を張っている状態”そのものに、
慣れすぎていたのかもしれません。

最近、感受性や創造性が戻ってきている

最近、
少しずつ感受性が戻ってきている感覚があります。

道端の草の揺れているのをみて、
「都会でも、自然の良さを味わえるんだな」
と思ったり。

夕方の空気の匂いに、
季節の変化を感じたり。

子どもの何気ない言葉を、
面白がって観察したくなったり。

以前の私は、
「やらなきゃ」が先に来て視野が狭くなっていた気がします。

でも今は、広い地球に住む1人の妖怪として、
のんびりできる時間が増えてきた。

感じたことを、
言葉にして残したいと思える。

その感覚が、
少しずつ戻ってきています。

それは、
枯れていた川に、
ゆっくり水が流れ始める感じに近いかもしれません。

ずっと奥で静かに眠っていた“自分”に、
もう一度会いにいくような感覚。

最近、
創作したい気持ちも戻ってきました。

世界を観察したい。

言葉にしたい。

絵を描きたい。

音を紡ぎたい。

「生き延びる」だけじゃなく、
“感じながら生きる”方へ、
少しずつ戻ってきている気がします。

「この4年間、本当によく頑張ってきた」と思った

そして最近、
よく思うんです。

「この4年間、本当によく頑張ってきたな」

って。

自分でも気づかないうちに、
ずっと肩に力を入れていた。

でも本当は、
かなり必死だったんだと思います。

それなのに、
当時の私は、
「まだ頑張りが足りない」
と思っていました。

今振り返ると、
あの頃の自分に、
温かい飲み物でも渡して、
「もう十分頑張ってるよ」
と言いたくなります。

家にいるのに休まらない人へ

もし今、
「家にいるのに、なぜか休まらない」
と感じている人がいたら。

理由は分からないけど、
ずっと気が張っている人がいたら。

もしかしたら、
その人もずっと、
見えない緊張の中で生きてきたのかもしれません。

頑張りすぎている人ほど、
自分の緊張に気づけなかったりするから。

だからまずは、
「私、ずっと頑張ってたのかもしれない」

そう思うだけでも、
少し楽になるかもしれません。

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

もし今、 「誰にもわかってもらえない気持ちを、ずっと抱えてきた」 「普通を装ってきたけれど、本当の自分が置いてけぼりになっている」 そんな感覚を、少しでも持ったことがあるなら。

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『ユウからの手紙』

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