【体験談】ノンバイナリーの親として保育園に通う日々|「お母さん」に戻った呼び方に思うこと

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慣らし保育8日目、全員が泣かずに登園できた朝

慣らし保育が始まって8日目の朝。

今日は、やけにスムーズに登園できました。

あれ、今日は静かだなと思ったら、
初めて「全員が泣かずに登園できた日」だと気が付きました。


これまでは誰かしらが泣いていて双子のうちの1人が最後まで泣いていたんですが、
今日はその子が泣かずにあっさり登園できたのです。

私はその姿を見て、
「子どもって本当に成長が早いなあ」と感じました。

気づいたら、昨日できなかったことが、今日は当たり前のようにできている。
そんな変化の積み重ねの中に、安心と喜びを感じていました。

ノンバイナリーの親として保育園に通うということ

私は、いわゆる「女性」としての性自認を持っていません。
ノンバイナリー、つまり「男性でも女性でもない、どちらかに当てはまらない感覚」を持っています。

だから、親として呼ばれるときも、「ママ」や「お母さん」という呼び方には少し違和感があります。完全に拒否するほどではないけれど、呼ばれると少し居心地の悪さを感じます。

できれば、名前で呼んでもらえたらいいな。
あるいは、もう少し性別関係ない呼び方があればいいな。

そう思いながら、保育園に通い始めました。

保育園には、自分の性自認が女性ではないので、「ママ」や「お母さん」がしっくりこないこと。
子どもには名前で呼んでもらっているということを伝えていました。

一度変わった呼び方が、また「ママ」や「お母さん」に戻っていた

通い始めて少し経った頃、変化がありました。

先生たちが、私のことを「ユウちゃん」と名前で呼んでくれたり、苗字で呼んでくれたりするようになったんです。

最初にそれを聞いたときは、驚きました。
そして、じんわりと嬉しかった。

ああ、伝えたことがちゃんと届いているんだな、と感じました。
現場の中で、実際に使ってくれている。その事実が、とてもありがたかったです。

でも、週が明けた今日。
いつものように登園して、何気ないやりとりの中で、その言葉が戻ってきました。

「お母さん、連絡ありがとうございました。」

一瞬、時間が止まったような気がしました。

「あ、戻っちゃったんだな。」

と思いました。

呼び方が変わったときに感じたこと

「ユウちゃん」と呼ばれていたとき、私はすごく気持ちが軽くなる感覚がありました。

大げさな変化ではないけれど、呼び方ひとつで、こんなに楽になるんだなと自分でもびっくりするくらい。

性別に囚われない名前で呼ばれることで、ここにいることを認められたような感覚になったんです。

ジェンダーニュートラル 子育て、という言葉があります。
これは「性別にとらわれない形で子育てをする考え方」のことです。

私はまだその実践の途中ですが、少なくとも「呼び方」はその一部だと思っています。どう呼ばれるかは、自分がどう存在しているかに関わってくるからです。

だからこそ、保育園にお願いして、願いが叶った時の変化は、小さくても確かな意味がありました。

「戻った」ことで感じた、少しの寂しさと現実

だからこそ、「ママ」に戻った瞬間、ほんの少しだけ寂しさを感じました。

ああ、戻ったんだな、と。
現実に引き戻されたような感覚もありました。

でも同時に、「仕方ないよね」と思う自分もいました。

保育園はたくさんの子どもと保護者が関わる場所です。
一人ひとりに合わせることは、簡単なことではない。

女性の親に対して「ママ」や「お母さん」と呼ぶことも、保育園では習慣になっているのでしょう。

相手を責めたい気持ちは全くありません。
でも、ちゃんと呼んでくれていた経験をなかったことにもできませんでした。

保育園の対応は「配慮」だったのかもしれない

最初の呼び方の変化は、「合わせてくれていた」結果だったのだと思います。

誰かが意識して、気をつけて、呼び方を選んでくれていた。
そう思うと、それはとてもありがたいことです。

でも同時に、それは自然に定着したものではなく、「意識し続けないと続かないもの」でもあるのかもしれない、とも感じました。

忙しい日常の中で、少しずつ元に戻ってしまうこと。
それ自体は、きっと珍しいことではないんだと思います。

ノンバイナリー 親 保育園という組み合わせ自体が、まだ一般的ではないからこそ、こうした揺れは起きやすいのかもしれませんね。

呼び方は、すぐに定着するものではない

今回のことで感じたのは、呼び方は一度伝えたら終わり、というものではないということでした。

むしろ、日常の中で少しずつ変わっていくもの。
揺れながら、行きつ戻りつしながら、形になっていくもの。

そう考えると、今回の「戻った」出来事も、その途中の一コマなのかもしれません。

大きな変化は、いつもゆっくりやってきます。
そして、その過程には、こういう小さな行き違いや揺れが含まれている。

そう思うと、少しだけ気持ちが落ち着きました。

子どもと一緒に、自分もこの場所に慣れていく

子どもが少しずつ保育園に慣れていくように、私自身もこの場所に慣れていく途中なんだと思います。

呼び方も、人との距離も、関係のつくり方も。
すべてがまだ途中で、これから変わっていく可能性の中にある。

そう考えると、「今はこれでいいのかもしれない」と思えました。

またどこかのタイミングで、違う形になるかもしれないし、ならないかもしれない。
そのどちらもあり得る中で、私はここにいます。

はっきりした答えはまだないけれど、子どもと一緒に、少しずつこの環境に慣れていけたらいいなと思っています。

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

もし今、 「誰にもわかってもらえない気持ちを、ずっと抱えてきた」 「普通を装ってきたけれど、本当の自分が置いてけぼりになっている」 そんな感覚を、少しでも持ったことがあるなら。

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『ユウからの手紙』

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