ノンバイナリーの親として保育園に通うときの不安
ノンバイナリーの親として、子どもを保育園に通わせるとき、少し不安がありました。
私は性別が女性ではないこと、だからママやお母さんではなく「名前で呼んで欲しい」こと。
ちゃんと理解してもらえるのか。
伝えた後どう呼ばれるのか。
変に気を遣わせてしまわないか。
そんなことを考えながら、慣らし保育が始まりました。
慣らし保育3日目の朝|「寂しい」と泣いた子ども
前日の夜、布団に入ったあと、子どもが「保育園は1人でさみしい」と言って泣いていました。
ぽつりと出たその言葉に、「ああ、本当に寂しいんだな」と思って、「そうだよね」と私も一緒に涙。
ちゃんとわかっているんだな、と思いました。
「明日も、置いていかれるんだ」ということを。
朝になっても、その不安は消えていませんでした。
子どもはどこか、保育園のことを考えないようにしているような、複雑な気持ちを抱えているような表情をしていました。
登園時の様子|木の温もりと少しカオスな朝の空間
保育園に着くと、室内は木の床や壁でできた、あたたかい空間です。
子どもたちが自分で準備できるように、低い棚が並んでいて、
リュックや水筒、靴下をそれぞれの場所に置いていきます。
部屋の中では、子どもたちが机や床に自由におもちゃを広げて遊んでいました。
パズルやままごと、人形、車など、いろいろな遊びが混ざり合っています。
朝の時間は、他の親も登園してきていて、少しバタバタしていました。
まだ全員が揃う前の、少しカオスな空気。
その中で、うちの子どもは玄関の方へ出て行こうとしました。
抱きついて離れない子ども|「理解しているからこその葛藤」
それを抱っこして止めると、今度はぎゅっとしがみついて離れませんでした。
ベソをかきながら、でもただ泣いているだけではなくて、
「保育園で過ごさなきゃいけない」ということは理解している。
その上で、それでも嫌だ、という葛藤。
その感じが、すごく伝わってきました。
子どもの気持ちを尊重するという選択
私はすぐには離れませんでした。
「子どもの気持ちを、できるだけ汲んであげたい」と思ったからです。
慣らし保育のこの時期に、
「ここは安全なんだ」と思えないまま過ごしてしまうと、
子どもにとっては長く引きずってしまう気がしました。
これは、コミュニティづくりでも同じだと思っていて、
「気持ちを尊重してもらえた」と感じられることが、
その場所にいられるかどうかを決めるのだと思います。
だから、子どもが落ち着くまで、そばにいました。
おもちゃに気持ちが向いた瞬間|先生との静かな連携
先生がいくつかおもちゃを見せてくれて、
子どもはその中から気に入ったものを手に取りました。
少しずつ、気持ちがそちらに向いていきます。
先生も慣れていて、子どもの近くで自然に声をかけながら、
注意をやわらかくそらしてくれていました。
その様子は、言葉にしなくても通じているような、
静かな連携プレーのようでした。
子どもが遊びに集中し始めたタイミングで、
私はそっと離れました。
心の中では、「今日も頑張れよ!」と激励しながら。
「寂しい」「不安」が見えて子どもの成長を感じた
「寂しい」とか「不安」とか、
そういう感情が、はっきりと見えるようになってきました。
前は、なんとなく泣いていたものが、
今はちゃんと理由を持っている。
それは見ていてつらさもありますが、
同時に、成長なんだなとも感じました。
誰かと離れることを理解して、
それでも嫌だと思って、ちゃんと表現できる。
それはきっと、人との関係が育っている証なのだと思います。
「ユウちゃん」と呼ばれた瞬間|ノンバイナリーの親として感じたこと
そのやり取りの中で、ひとつ印象に残ったことがありました。
先生が子どもにこう言ったのです。
「ユウちゃんと離れて寂しいよね」
その言葉を聞いたとき、胸がじんわりあたたかくなりました。
「ママ」ではなく「ユウちゃん」である意味
「ユウちゃん」という呼び方は、
少し前に自分が勇気を出して伝えたことでした。
“ママ”や”お母さん”ではなく、名前で呼んでほしいということ。
自分でお願いしておいて変かもしれませんが、
それが自然に使われていることに、驚きました。
説明もなく、当たり前のように。
それだけで、自分の存在の扱われ方が、少し変わる感覚がありました。
役割としてではなく、
ひとりの人として、そこにいていいと思える。
受け入れてもらえたという感覚が増しました。
ノンバイナリーの親でも安心できる保育園だと感じた理由
この出来事を通して、この保育園は、
子どもだけでなく親のことも丁寧に見てくれる場所なのだと感じました。
先生たちのあたたかさもそうですし、
クラスのお友達が、子どもを心配して近くまで来てくれる姿もありました。
ここは、ただ預ける場所ではなく、
関係を大事にしてくれる場所なのだと思いました。
子どもと一緒に、親も慣れていく
子どもが慣れていく時間でもありますが、
きっとこれは、私自身が慣れていく時間でもあるのだと思います。
この場所で、自分がどう在っていいのかを、
少しずつ見つけていく時間。
まだ途中ですが、
この保育園なら、子どももきっと慣れていくし、
私も思っていたより早く慣れていけそうな気がしています。
子どもと一緒に、
私も新しい環境を生きている途中です。

