明治大学イベントに参加して感じたこと
2024年12月21日、明治大学で開催された
「Xジェンダーやノンバイナリーの視点から、男女二元制を考える」
というイベントに参加してきました。
「ノンバイナリー」や「Xジェンダー」を初めて聞く、という方は
こちらの記事も参考にしてみてください↓


このイベントは、
Xジェンダー・ノンバイナリー当事者のパネルディスカッションと、
臨床心理学や社会学の専門家の研究発表を通して、
男女二元制が私たちの生活や心にどのような影響を与えているのかを考える場でした。
この記事は、学術的な内容を網羅するレポートではありません。
Xジェンダー当事者として、そして発信を続けてきた一人として、
何を考えたのかを、前半と後半に分けてまとめた感想記事です。
今回は前半の感想を書いていきます。
ロールモデルがいない、という言葉に背中を押された
イベントの中で、印象的だった言葉のひとつが
「ロールモデルがいない」という指摘でした。
恋愛の仕方、生き方、社会との関わり方。
私たちは、無意識のうちに
「こうすればいい」というモデルを、
物語や周囲の大人から受け取って育ちます。
けれど、Xジェンダーやノンバイナリーの生き方については、
そもそも語られてきた物語が少ない。
だからこそ、
- 将来のイメージが持てない
- 自分がどう生きていけばいいのかわからない
という状態に陥りやすいのだと、改めて感じました。
正直に言うと、私はこれまで
「この発信に意味があるのかな」
「誰かの役に立っているんだろうか」
と迷いながら、言葉を綴ってきました。
でも今回、
ロールモデルがいない現実を目の前にして、
「だからこそ、語り続ける人が必要なんだ」
と、静かに背中を押されたような気がしました。
立派な答えを持っていなくてもいい。
何かを成し遂げてなくても、
迷いながら生きている姿そのものが、
誰かの手がかりになることがあるのだと確信しました。
当事者の体験談から見えた「抑圧」と「孤独」
前半では、複数のXジェンダー・ノンバイナリー当事者による
パネルディスカッションが行われました。
ブログではお名前を伏せますが、語られていた内容には
私が悩んでいたあるいは今でも悩んでいる、いくつもの共通点がありました。
- トイレに入るときに迷ってしまう
- 制服や服装を選ぶこと自体が苦しい
- 就活や職場で「当たり前」とされる装いや振る舞いに強い違和感を覚える
- 恋愛や人間関係で、どう見られているのかわからず苦しくなる
これらのことは、
男女二元制を前提とした社会の中で、
日常的に起こっていることなのだなと感じました。
抑圧される環境ほど、違和感や孤独は強くなる
特に強く感じたのは、
周囲から抑圧されたり、
「普通」を押し付けられる環境にいるほど、
アイデンティティの違和感や孤独感が強くなる
という点でした。
逆に、
- 服装や髪型について干渉されない
- 性別役割を期待されない
そんな環境にいると、
「自分は何者か」を強く意識しなくても、
ただ日常を過ごせる瞬間がある。
今まで感じてきた違和感や苦しさは、
自分の中にある問題だけではなくて、
環境によって引き起こされている苦しさなのだと、
とても腑に落ちました。
Xジェンダー、ノンバイナリーの方たちが、
自分たちは「見えない存在ではない」と感じられれば、
あえてカミングアウトしたり、説明する必要もなくなって、
もっと楽に生きられるようになると感じます。
私自身の経験と重なった瞬間
パネルディスカッションを聞きながら、
私は自分自身の過去を何度も思い出していました。
振り返ってみると、
恋愛、就職、結婚、妊娠、出産など、
周囲から役割や期待を強く感じていた時期ほど、
自分の性別への違和感ははっきりし、
同時にしんどさも大きかったように思います。
逆に、
「こうあるべき」を押し付けられなくなった環境では、
ノンバイナリーであろうと意識しなくても、
ただ自分でいられる感覚がありました。
話を聞きながら、
「これは私だけの感覚じゃなかったんだ」と、
静かに腑に落ちた時間でした。
Xジェンダー・ノンバイナリー当事者として発信する意味
研究発表では、
- ロールモデルの存在
- 当事者コミュニティに「認められている」という感覚
が、精神的な健康を支える要素になっていることも示されていました。
それを聞いて、
改めて思ったのは、
Xジェンダー・ノンバイナリー当事者として、
自分の経験や揺れを発信し続けることの意味です。
それは、
- 誰かを導くためでも
- 正解を示すためでもありません。
「こんな人もいる」
「こんな迷い方をしている人もいる」
その存在が可視化されることで、
どこかで誰かが
「一人じゃない」
と思えるかもしれない。
その可能性を信じて、
私はこれからも発信し続けたいと思いました。
男女二元制を問い続けるということ
男女二元制は、
法律や制度だけでなく、
トイレ、服装、言葉遣い、
日常のあらゆる場面に深く根づいています。
その中で生きる当事者の声を、
「特別な話」にせず、
そういう人もいるんだと、
誰もが知れる形で発信する方法を考えていきたい。
それが、このイベントの前半を通して
私が強く感じたことでした。
次回の記事では、
イベント後半で語られた内容についても書く予定です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

