30歳のとき、双子の授乳を終えたあと。
ふと、「私、本当は“女性”として生きたいわけじゃない」と気づきました。
それは、長いあいだ胸の奥に沈めていた違和感に輪郭がついた、初めての感覚でした。
それ以来、服を選ぶたび、会話をするとき、
どこか「女性らしく見せようとする自分」と「本当の自分」の間で明確なギャップを感じていました。
そんな私がはじめたのが、
「現状と理想のマップ」という、自分の中の状態を書き出す方法です。
「なりたい自分」「現状の自分」のベン図を書いて、そこに今の自分の要素を書き足していきます。
少しずつ“今の私”を整理していったら、
今まで聞かないようにしてきた心の声が、耳に届くようになってきました。
女性らしさのリセットから始まった「自己理解の地図」
授乳を終えたころ、私はようやく一息つけると思っていました。
けれどその代わりに、
「私にとって“女性”として生きるということは、ものすごく努力しないといけないことだったんだ」と気づいたのです。
レディースのオフィス服、かわいい雑貨、
友人たちとの「彼氏が」「旦那が」といった会話。
どれも誰かが話しているのを聞くのは嫌いじゃないけど、
自分がその言葉を発している時は、他人の人生について話しているような感覚でした。
結婚して子どもがいるという事実が、私を“普通の女性”として見せてくれる。
そのおかげで、誰にも何も聞かれずに済む。
だけど、みんなの誤解によって無難に生きられている、という安心感は、
同時に“自分を閉じ込める箱”のようにも感じていました。
そんな不安を感じた時には、自分しか開けない秘密のノートを取り出して、
【現状の自分】【なりたい自分】という2つ円を重ねたベン図を描きます。
現状の自分
普通に合わせる、スカートをはく、かわいいメイク、流行のドラマを見る、流行のアニメを見る
なりたい自分
かっこいい私、幸せを感じている、毎日が楽しい、ピアノを弾いている、歌を歌っている
初めのうちは、現状となりたい自分の間に大きな溝があるのを感じて悲しかったです。
でも、何日か開けて書いていくうちに、
“現状の自分”と“なりたい自分”の共通部分が増えていきました。
そして、現状の自分にも満足感が得られるようになってきたのです。
現状の自分
家族との時間を大切にする、自分の幸せを願える、ワクワクすることを書き留める、ピアノを弾く
なりたい自分
かっこいい服を着る、子どもに向けたノンバイナリーが登場する本を書いている、地方でのびのび子育て、家の中で子どもと思いっきり歌を歌える、料理を楽しむ
これまでは、「なりたい自分」に含まれていた要素が、
言葉にして書き留めていたことによって実現していったのです。
線引きマップは、完璧な理想像を作るためのものではなく、
いまの自分を、丁寧に見つめ直すための地図のような役割を果たしてくれていました。
書き続けるうちに、「現状」と「なりたい」が少しずつ重なり、
自分の中で感じていた理想と現実のギャップが少しずつ埋まっていったのです。
心理学の視点から見た「現状と理想のマップ」
このマップの考え方は、心理学でいう「自己概念の明確化」に近いのだそう。
自分の中にある“現実の私”と“理想の私”を整理し、
その重なり(=自己一致)を見つけることで、心が整っていくといわれています。
カール・ロジャーズという心理学者は、
この“現実と理想のズレ”が大きいほど、人は自己否定を感じやすくなると説明しています。
逆に、少しずつ重なっていくと、人は安心と自信を取り戻していくんです。
私がマップの中で書き出した「共通部分」は、まさにこの自己一致ゾーン。
「こうなりたいけど、まだできていない」と思う部分にも、
すでに実現できる可能性を感じています。
「現状と理想のマップマップ」の描き方

Step1 ノートにべん図を描く
ページに【現状の自分】【なりたい自分】のベン図を描きます。
初めは“現状”が多くなるかもしれませんが、とにかく思いつくだけ書いていきます。
この時に、小さめの付箋に書いて貼っていくと、後で場所を移動させたり減らしたりできるので便利です。
Step2 現状の自分を書き出す
「いま、どんなふうに振る舞っているか」「違和感を感じる瞬間」「無理している行動」などを、
評価をつけずに淡々と書きます。
目的は“判断”ではなく“観察”です。
Step3 なりたい自分を書き出す
「こうでありたい」「こう感じていたい」と思う状態を、感情ベースで書きましょう。
たとえば「性別に縛られずに服を選びたい」「自分のペースで人と関わりたい」など。
Step4 共通部分を見つける
なりたい自分が実現できている項目は、ベン図の重なるところに書きます。
それが“あなたの中にすでに存在する自分らしさ”です。
Step5 定期的に更新する
線引きマップは一度作成して終わりではなく、定期的にやってみるのがおすすめ。
状況や感情が変わったら、線を動かして構いません。
動かすこと自体が、自己理解の進化なんです。
体験から見えてきた変化
このマップを続けていくうちに、
「なりたい自分が本当にそうなのか」悩むこともありました。
けれど今では、完璧な答えを見つけるよりも、
色々試してみること自体が面白いと思えるようになりました。
“なりたい”を更新するたび、
“今の自分”を客観的に見つめる力が少しずつ育っていく。
その過程で、頭の中で響いていた否定的な声やプレッシャーが、
少しずつ小さくなっていきました。
自分の感情を観察できるようになり、
好きなことに集中できる時間が増えていく。
現状と理想に重なりが増えていくたびに、世界の見え方が穏やかになっていく感覚があります。
変わる前に、“今”を観察する
「現状の自分」と「なりたい自分」のギャップに苦しむ人は多いと思います。
けれど、実はその前に必要なのは、現状をフラットに観察する力だと思うのです。
変えたいと思う自分を、いきなり塗り替えなくていい。
「今はこう感じてるな」と、ただ書き出してみること。
その積み重ねが、やがて“本当の自分”とつながる近道になります。
現実と理想のマップの目的は、正解を見つけることではなく、
理想に近づくために現在地を把握することです。
何度でも描き直して、変化しいてく自分も楽しんでみてください。
今日のあなたが、今日のあなたを理解してあげる。
それが、理想を現実に変える力になるのです。
あなたは、あなたのままでいい。

