「今日の自分は“they”って呼ばれたい。でも、昨日は“she”の方がしっくりきた。」
そんなふうに、その日ごとの気分や自己認識に応じて呼ばれ方(代名詞)を変えるスタイルがあることをご存じでしょうか?
それが「Rolling Pronouns(ローリング・プロノウン)」という考え方です。
ノンバイナリーやジェンダーフルイドの当事者に広がりつつあるこの概念。
今回はその意味や使い方、実際の声、そして日本語で取り入れる方法までをわかりやすく解説します。
Rolling Pronounsとは?——変化する「呼ばれ方」の考え方
Rolling Pronouns(ローリング・プロノウン)とは、そのときどきの気分や状況に応じて、使う代名詞(pronouns)を柔軟に変えるスタイルのことです。
ここでいう「代名詞」とは、he / she / they などの三人称代名詞。
つまり、他人があなたのことを指すときの呼び方です。
ポイントは、「わたし」「ぼく」といった一人称ではなく、周囲がどう呼ぶかを、自分で選んでいいという前提に立っていること。
たとえば
- 「今日はthey/themで呼んで」
- 「昨日はshe/herがしっくりきたけど、今日はhe/himかも」
- 「毎回同じじゃなくても、自分で選べるのが安心」
といった感覚で使われているんだとか。
なぜ“日替わりの呼ばれ方”が必要なの?
ジェンダーに揺らぎがある人や、流動的なアイデンティティを持つ人にとって、固定された呼ばれ方はときに窮屈です。
「昨日は“彼女”って呼ばれて違和感なかったのに、今日はモヤモヤする」
「そのときどきで、ぴったりくる呼ばれ方が違う」
そういう感覚を持っている人もいて、それは自然なものです。
Rolling Pronounsは、そういう自分の中にあるアイデンティティの変化を否定するのではなく、むしろ受け入れて表現するためのツール。
代名詞を「選んでもいい」「変えてもいい」と思えるだけで、気持ちが楽になることもあるのです。
ノンバイナリーの代名詞の多様性についてはこちらの記事でも書いています。
当事者の声にふれてみよう——Rolling Pronounsのリアル
【実例①】Ada Powers(作家・ポッドキャスター)
“I identify as a woman, but also as nonbinary. I don’t feel womanhood tells my full story, but I’m not fully divested from it, either.”
(「私は女性として自認しているけれど、同時にノンバイナリーでもある。“女性”という言葉だけでは私のストーリーを語りきれないし、それを完全に否定しているわけでもない」)
Adaさんはshe/theyの両方を使っています。「どちらか一方」ではなく、「両方に自分らしさがある」という感覚を、代名詞で表現しているのです。
【実例②】Emma Corrin(俳優/Netflix『ザ・クラウン』など)
“I feel much more seen when I’m referred to as ‘they,’ but my closest friends, they will call me ‘she,’ and I don’t mind, because I know they know me.”
(「theyと呼ばれると、私はより自分らしく感じる。でも親しい友人にはsheと呼ばれることもあって、それでも全然気にならない。だって、彼らは私のことを理解してくれているから」)
Emmaさんはthey/sheを状況や相手によって使い分けている例です。
親しい人との関係性では“完全なルール”よりも、“理解し合えること”のほうが大切だと語っています。
Glamour – Emma Corrin on being nonbinary
People – Emma Corrin opens up about their gender and pronouns
【実例③】ユウ(筆者)の実践:名前での“呼ばれ方”の工夫
私自身は、娘たち以外に「ママ」と呼ばれるのが苦手で、夫には「ユウ」と呼んでもらっています。
自分の名前が性別を感じさせない名前なので気に入っています。
theyのような代名詞が日本語にない分、名前を使うことで違和感なく暮らせる工夫をしています。
名前で呼び合うという方法は、日本語における代名詞を使わないRolling Pronouns的実践とも言えるんじゃないでしょうか。
お互いに手間もなく、自然な形で関係性を築ける一つの選択肢だと感じています。
「今日はなんて呼ばれたい?」——日常での取り入れ方
Rolling Pronounsを日常に取り入れることは、思っているよりずっとシンプルです。
① 毎朝、自分に問いかけてみる
「今日はどんな呼ばれ方が心地いい?」
「they?she?名前で呼ばれたい?」
そんなふうに、自分の感覚に意識を向けることから始めましょう。
② SNSやZoomで「可視化」してみる
プロフィール欄や表示名に「they/she」「he/they」など併記することで、周囲に伝えやすくなります。
SlackやZoomの表示名に入れている人も多く見られます。
③ 家族・友人と共有する
信頼できる人には「日によって呼ばれ方が変わることがある」と伝えておくと、お願いする心理的ハードルが下がります。
たとえば:
- 「今日はtheyって呼んでくれると嬉しいな」
- 「最近、自分の名前で呼ばれる方が落ち着くかも」
日本語にtheyがないからこそ、できる工夫
Rolling Pronounsが日本であまり知られていないのは、そもそも代名詞(he/she/they)を日常であまり使わないですよね。
でもその一方で、日本語には名前・あだ名・役割呼び(〇〇さん、〇〇くん、ママ、パパなど)を自由に選べる文化があります。
あだ名に関しては日本では比較的柔軟に変えられる印象があります。
自分が気に入っているあだ名があれば、代名詞の性別らしさを気にせずに呼んでもらえるので、その点便利だなと思います。
周りの人は、間違えても大丈夫。大切なのは「わかろうとする気持ち」
「今日は〇〇と呼んで欲しい。」と言われても、普段言い慣れているものを急に帰るのは難しいし、代名詞を間違えてしまうこともあるでしょう。
でもそのときに一番大切なのは「わかろうとしてくれてる」気持ち。
Rolling Pronounsを使う当事者たちも、完璧な正解より、尊重しようとしてくれているかどうかを大事にしているんじゃないかと思います。
“I appreciate the effort more than the perfection.”
(「完璧さよりも、気にかけてくれる気持ちに感謝している」)
「あなたの生き方を尊重しているよ。」
そんな気持ちが感じられると、それだけで嬉しいのです。
呼ばれ方を選ぶ自由が、あなたらしさを守る
Rolling Pronounsは、「揺らぐ気持ち」や「定まらない自認」に名前をつけることができるツールです。
- その日の自分にぴったりな呼ばれ方を選べる
- 名前でも、代名詞でも、自分の心地よさを大切にできる
- 周囲に伝えることで、もっと楽に・もっと自由に生きられる
誰かに与えられる“呼ばれ方”ではなく、自分が選ぶ“呼ばれ方”。
それは、自分らしさを守る大切な一歩になるかもしれません。