自己紹介

こんにちは。
当ブログを運営しているユウです。
現在0歳双子と2歳の3姉妹を育児中です。

このページでは
私がなぜこのブログを書くに至ったのかについてお話しします。

出産と授乳が終わり、”女性”として生きる意味を見失う

2022年に初めて子どもを出産。
陣痛で苦しんだ末、元気な産声が聞こえてきた時は、
女性の体で産まれたことを、
人生で初めて良かったと思った瞬間でした。

私はこの日のために、
いろんな辛いことを乗り越えて生きてきたんだなと思いました。

そして、2年後に双子を出産。
夜中に交互に泣く双子の育児は壮絶でした。

睡眠が足りず産後うつになり、
波のように消えたくなる日がきたり、
夜中に突然悲しみが込み上げてきて、
涙が止まらなくなることがありました。

双子が3ヶ月になるころに、突然母乳を飲まなくなり、
寂しい気持ちもありましたが、
「女性としての役割が終わった」と
心のどこかで安心している自分がいました。

でも、その時にはなぜそんな気持ちになったのか、
わかりませんでした。

友人からのカミングアウトをきっかけに自分のセクシャリティに興味が湧いた

自分のセクシャリティについて興味を持ち始めたのは、
30歳になってからでした。

それまでは、
ボーイッシュな格好が好きで、
可愛らしい服や化粧には興味がないこと、
女性的な振る舞いを強いられると嫌な気持ちになること、
胸が目立つ服を着るのに抵抗があること、
そういう普段から感じていた些細な違和感があっても
まあ、そういうもんなのかな、と見て見ぬふりをしていました。

私が子どもの頃は現在のように、
セクシャリティの多様性についての教育は無く、
もしかしたら…と家族や友人にそれとなく相談しても
「そのうちわかるようになるよ」とか「経験がないだけだよ」とか
将来的には変わるから大丈夫、というノリで流されてきました。

そんな私が自分のセクシャリティに興味が湧いたきっかけは、
友人が自分がレズビアンであることを
カミングアウトしてくれたことでした。

とても自然な会話の流れで、
今パートナーの女性と一緒に住んでいる、
と教えてくれたのです。

教えてくれた時はとても嬉しかったのを覚えています。


私のことを信頼して話してくれたんだな、と。

その時に、男性に苦手意識があったことや、
ふりふりフワフワな格好が苦手だったことなど、
思春期に感じていたモヤモヤや葛藤について教えてくれて、
私が中学や高校で感じていた、
言葉にならない嫌悪感のようなものについて、
似通っている部分があると感じたんです。

そこで、
私も同じような悩みを抱えていたことを打ち明けると、
「自分のセクシャリティに興味があるなら診断してみるものいいんじゃない?」と
おすすめしてもらいました。

そのことがきっかけで、
自分のセクシャリティについて知りたいという気持ちが
ムクムクと湧き上がってきました。


インターネットで調べてみると、
無料でできるセクシャリティ診断があったので、
早速受けてみることに。

すると、全く知らない言葉たちがたくさん出てきて
始めはかなり戸惑いました。

セクシャリティ診断で出てきた結果をざっと書き出してみます。

・Xジェンダー

・ノンバイナリー

・パンロマンティック

・デミロマンティック

・サピオロマンティック

・クワセクシャル

・フィクトセクシャル

などなど

他にも項目があったんですが、
結果が出たときは???という感じでした。

一つ一つ解説を読んでみると、
おおお!わかる!というものもあれば、
うーん、これは微妙、と思うものもありましたが、
どうやら私のセクシャリティは
いわゆる「一般的な女性」とは異なるようだ、
ということがわかりました。

診断結果の中で私が一番気になっていた、
自分の性をどのように認識しているかについては、
Xジェンダーが近そう。

Xジェンダーとは:
「身体的性に関わらず、性自認が男性にも女性にもあてはまらない」セクシャリティのことです。

また、服装や日常的な振る舞い方などは、
女性的にも男性的にもなりたいとは思っていないので、
ノンバイナリーが近いのかなと思いました。

ノンバイナリーとは:
ノンバイナリー(non-binary)とは、
自身の性自認・性表現に「男性」「女性」といった枠組みをあてはめようとしない
セクシュアリティを指します。

診断の結果を見て、今までもモヤモヤが解消するのかな、
と思っていましたが、
すっきりした!というよりは、
まあ、当てはまるものもありそう…
でも、どんな性を好きになるかに関しては、
クエスチョニングかな?という感覚です。

クエスチョニングとは:
自身の性自認や性的指向が定まっていない、
もしくは意図的に定めていないセクシュアリティを指します。

セクシャリティを一定の枠組みで評価するって
かなり難しいことなんだなと思います。

と同時に、それだけ複雑な個性をみんなが持っているんだ、
ということを知ることができました。

セクシャリティ診断を受けたことで、
産後どうして、「女性としての役割」を終えた自分に
ほっとしたのかがわかりました。

私は小学生くらいから、
心の性が中性という認識があって、
自分のことを女性だと思ったことはありませんでした。

でも、周りに気を遣わせて、
大事な家族や友達がお互いに生き辛くなるのが面倒だったから、
折り合いをつけて騙し騙し生きてきました。

でも、結婚して子どもも産んで、
親孝行は十分にできたし、

付き合いのある友達も減っていく中で、
もう頑張って女性らしく振る舞わなくても良いのかも、
と思ったんです。

結婚してるし、子どももいるし、もう30歳。今更何もできないと思った。

しかし、今までの人生で感じてきた「女性らしさ」に対する
モヤモヤ、イライラした感情の正体がいざわかってみると、
今まで社会に合わせて振る舞ってきた服装や態度、
考え方について、自分をすり減らして、合わせて、
いつかは変われるのかも、と思って、
私は色々なことを、失いながら生きていたんだ、と感じ、
ものすごい喪失感と悲しい気持ちを味わいました。

今までの人生、何だったんだろう。

ずっと我慢して耐えてきたのは、
無駄だったのかな。

やっと向き合ってあげることのできた
自分はもう30歳になっていて、結婚して子どももいる。

夫や友人は私をちょっとボーイッシュな
普通の女性だと思っていて、
本当の私を知ったら受け入れてもらえないかもしれない。

自分のことを知ることがこんなに痛みを伴うなんて、
考えてもみませんでした。

そして、そんな自分を知ったところで、
これからできることなんて何もないんじゃないか、
結局母親として死ぬまで”女性らしさ”を全うしなきゃいけないんじゃないか、
そう思ったら、
このまま消えてしまいたいなと考える日が増えていきました。

「自分らしく」振る舞うことに正解はないと友達が教えれくれた

精神的にどん底で、
でも誰に相談したら良いかわからなかった私は、
以前自分のセクシャリティをカミングアウトしてくれた友人に
藁にもすがる思いで相談してみたのです。

すると、友人は私の相談に対して、
大変だったねと共感してくれて、
頑張って枠組みにとらわれようとしなくても良いんだよ、
と教えてくれました。

セクシャリティ診断を受けたことによって、
私は無意識に、また自分自身を別の枠組みに当てはめ、
勝手に窮屈な思いをしていたようです。

相談をしてみたことでそれがわかって、
今後の人生をかけてゆっくり自分を理解していければ
良いのかもしれないと考えられるようになりました。

それと同時に、
自分と同じようにLGBTの枠組みにぴったり当てはまらない
「Q」の人たちに対して、
クエスチョニングな私自身について、
ブログやSNSに投稿をして、
今までの経験をシェアできたら良いな、
と前向きに考えられるようになってきました。

ところが、いざ発信をしてみようと思い記事を書き始めると、
自分のことを話すのが恥ずかしくて恥ずかしくて、
居た堪れなくなりました。

周りの人に本当の自分を打ち明けることができず、
誰にも言えずにずっと、
30年間心の中に引きこもってきたんです。

そりゃ、いきなりオープンに人に話せるわけありません。

そもそも私は人見知りが激しい上
気づいていないふりをしていただけなので、
しっかり向き合ってみると、
いかに自分がコンプレックスの塊で、
社会の女性、男性的な枠組みに囚われていたかが
明らかになってきました。

女性らしさの「押し付け」が本当に嫌だった

中学校は男女共学の学校に通っていました。

制服は指定されていて、
女子はセーラー服、男子は学ランでした。

近所の制服屋さんで制服の採寸をする時に、
レジの近くで母親と一緒に真っ黒な学ランを購入している
男子をみて、妬ましいと思いました。

「何で私は女子だからという理由でスカートを履かなきゃならんのだ?」

足が出ていて冬は寒いし、
転んでもカバーしてくれる布がない。

スカートめくりをする輩もいるし、
何が楽しくてこんなもの履かないといけないんだろうと
心底恨めしく思っていました。

学ランは年中暖かそうだし、
着ているだけでかっこいいし、
私も学ランを着て学校に通いたかった。


女子、男子関係なく、
合理的に考えて絶対ズボンの方がいいだろう、
と思っていました。

幸い、バスケットボール部に所属していたこともあり、
朝練がある日には体操服とジャージ姿を着て登校し、
授業を受けることができたので、
ジャージで過ごせる日はとても嬉しかったのを覚えています。

そして、大学生になりました。
高校生の頃に比べて、
まわりの女子がどんどん可愛くなっていく姿をみて、
私も今までより女性らしくしないといけないのかな、
と思い始めました。

それで、スカートを買ってはいてみたり、
髪の毛を伸ばしてみたり、
慣れないメイクをしてみたり、
かわいい女友達から綺麗になるためのアドバイスをもらってみたり、
それなりには、努力をしたと思います。

でも、大抵女性らしい格好をしたあとは、
反動でスッピンでいる時間が増えたり、
無性に男性口調でしゃべりたくなったり、
愛想笑いに疲れて、めちゃくちゃ無愛想になったりしていました。

ある時、男の先輩から
「もっと女の子らしい可愛い服着ればいいのに」
「メイクしたら絶対可愛くなるのに」
と言われたことがありました。

言ってくる人は良かれと思っているんでしょうが、
これが、本当に、心底、嫌でした。

女性らしさを強要されているように感じたんです。

女性らしくいることがなぜ嫌なのかというと、
私にとっては、かわいいメイクをすることや
スカートを履いて出かけることが
”女装”をしているように感じるからです。

男性が
「女性らしいメイクをしたり、かわいい服を着たらもっと魅力的になるのに」
と言われている感覚に近いと思います。

「そんなこと言われても困る…」
と思うんじゃないでしょうか。

自由に服を選べるはずなのに、
見えない性別の枠組みを感じる。

こんなことなら、みんな同じ制服を着ていた中高生の方が、
まだ楽だったなと思いました。

夫へのカミングアウトは最大の難関だった

実は今でも、
身近な人に自分の本当の気持ちを伝えなきゃと思うと、
両手で顔を覆って穴があったらそのまま入りたいくらい、
恥ずかしい気持ちになります。

それは、自分自身が一番「らしさ」にこだわる視線を
自分に向けているからに他なりません。

きっと、周りの人からしたら、
そんなの誰も気にしないよ、
と思うような些細なことに対してでも、
いちいち恥ずかしくて死にそうになります。

だから、自分が抱える悩みがあっても
打ち明けられるようになるまでには時間がかかります。

本当はメンズの服を着てみたいこと
実は一人称がどれもしっくりこなくて悩んでいること
子どもに「ママ」と呼ばれると複雑なこと
心の性が女性じゃないこと
これから発生する「ママ友」付き合いが憂鬱なこと
家族に気を遣って家でも素の自分を出せないこと
自分の子どもにいつカミングアウトするか悩んでいること。


もし相談できたとしても、
自分を受け入れて堂々と振る舞えるようになるまでには
さらに時間がかかりそうです。

だからこそ、
私のことを女性と思って結婚した夫に対して
自分のことをカミングアウトするのには
かなり精神を消耗しました。

私の妄想の中では、
離婚を切り出されることを前提に考えていたので、
子どもが3人もいるのにどうやって養えばいいのかな、とか
養育費払ってくれるのかな、とか。

一番身近な存在に言えないことがこんなにも苦しいから
いっそ離れてしまいたい、
と心のどこかで思っていたんだと思います。

そして何より、このままでは、
夫を裏切っているような気がして、
それが耐えられませんでした。

直接話す勇気はなかったので、
メッセージで、
私は心が女性ではないこと、
胸があったり生理が来ることが本当は嫌なこと、
メンズの服を着たいと思っていることを伝えました。

すると夫は
「俺には女性にしか見えないけど…」という前置きの後で、
「ユウはユウなので、
正解を求めたりカテゴリに当てはめようとすることは
必ずしも必要じゃないかもよ」
と言いました。

もっとストレートな言葉が欲しかった私は思わず、
「ユウという生き物を愛してくれるということかな?」
と聞きました。
すると、
「そうだよ」
と返してくれました。

なんだか言わせてしまったみたいになったけれど、
無理に合わせた返事をされるのではなく、
彼の立場から見た私のことを誠実に伝えてくれて、
素直に嬉しかったです。

最も身近な人に気持ちを打ち明けて、
存在を受け入れてもらえたことで、
辛いばかりだと思っていたこれからの人生について
前向きに考えられるようになりました。

30年間ずっと憧れていた”かっこいい私”を少しずつ目指していく

小さい頃からずっと変わらず抱いている気持ちがあります。

それは、「かっこよくなりたい」という気持ちです。

小学生の頃から今までに
「かっこいい」と思う自分なりの定義は変化していますが、
変わらず思い描いているのは、
男性でも女性でもない中性的で綺麗な容姿をしていて、
年齢不詳の妖怪のような人。

そして、私自身がずっと感じていた”憧れ”を
一つずつ叶えて行ったら、
新しく何かが見えてくるんじゃないか、
それがきっと、「私らしさ」を作っていくんじゃないか、
と思うようになりました。

だから、これからの人生をかけて、
最高にかっこいい自分になれるように、
頑張ってみることにしました。

30歳になって初めて自分のセクシャリティと向き合い、
そして、本当の私の人生を始めようと心に決めたのです。

30歳でも、結婚していて子どもがいても、新しいことを始めることを諦めない

結婚をしていて、お子さんもいると、
自分の年齢を理由に新しいことを始めるのを躊躇う方もいるでしょう。

私自身もそういう、
他人の目を気にしているがゆえに
一歩を踏み出せないでいることが山のようにあります。

でも、たくさん恥をかきながら、
「女性」でいた過去には、できないと思っていたことを
どんどんやってみたいと思います。

これからは私が、
ブログやSNSの発信を通じて、
新しいことを始めることに躊躇いがある人の背中を押したい。

私と同じようにセクシャリティで悩んでいる人の
励みになったら嬉しい。

そして、もしよければこんな私と友達になって欲しい。
そんな願いを込めて、私からのお手紙を配信しています。

受け取りたい方は、
ぜひご登録してみてください。

30からのRe:Start ユウからの手紙