マイクロアグレッションとは?悪意はないのに心がすり減る理由。定義と私の体験談

マイクロアグレッション(microaggression/直訳:小さな攻撃)とは、
悪意があるとは限らないものの、
特定の立場や属性に向けられた無意識の偏りが、
日常の言葉や態度として現れることを指します。

この記事では、
・マイクロアグレッションの定義と構造
・一般的にどんな形で起こりやすいのか
・そのうえで、私自身の体験をどう整理できたか
を順番に書いていきます。

目次

マイクロアグレッションの定義(総論)

マイクロアグレッション(microaggression/直訳:小さな攻撃)とは、
悪意があるとは限らないものの、
人種、性別、ジェンダー、障害、立場などに結びついた無意識の偏りが、
日常の言葉や態度として現れることを指す概念です[1]。

ここで重要なのは、
マイクロアグレッションが、露骨な差別や暴言とは異なる点です。
言った側に自覚や悪意がない場合も多く、
「そんなつもりはなかった」と言われることも少なくありません。

そのため、言われた側も、
「嫌だった」とはっきり言葉にしにくく、
「考えすぎなのかもしれない」と自分の感覚を疑ってしまいやすい特徴があります。

マイクロアグレッションは、
文脈や関係性によって受け取られ方が大きく変わるため、
明確な線引きが難しい概念でもあります。

一言そのものよりも、
どんな前提のもとで、誰に、どんな関係性の中で向けられたのかが、
影響の大きさを左右します。

この記事では、
マイクロアグレッションを難しい専門用語として扱うのではなく、
日常の中で感じた「ちょっとした違和感」を考えるための言葉として紹介していきます。

参考資料
[1]Sue, D. W. et al. (2007). Racial Microaggressions in Everyday Life. American Psychologist.


研究から見るマイクロアグレッションの現れ方

マイクロアグレッションは、研究上いくつかの型に分類されています。

ここでは、Derald Wing Sue らの整理をもとに、
代表的な三つの分類と、それぞれがどんな形で現れやすいのかを説明します[2]。

Microinvalidations(マイクロインバリデーション)

直訳:小さな無効化

Microinvalidations とは、
本人の経験や自己認識が、
「気のせい」「別の意味」「考えすぎ」といった形で、
無意識のうちに打ち消されてしまうタイプのマイクロアグレッションです。

この型は、次のような形で現れやすいとされています。

・性別やジェンダーが「なりたいかどうか」の話に置き換えられる
・違和感や困りごとを伝えると、「考えすぎ」と返される
・本人の前提より、聞き手の理解しやすさが優先される

ここで起きているのは、
否定されたとは言い切れないけれど、
自分の感じ方が相手の都合の良い形で解釈されてしまう感覚です。

その結果、説明する側に負担が集中し、
「私の受け取り方が間違っているのかもしれない」
という自己疑念が生まれやすくなります。

Microinsults(マイクロインサルト)

直訳:小さな侮辱

Microinsults とは、
特定の属性に結びついたステレオタイプが、
無意識のうちに相手を評価したり、位置づけたりする形のマイクロアグレッションです。

この型は、日常の中で次のように現れやすいとされています。

・外見や話し方が「〇〇っぽい」と表現される
・冗談や褒め言葉として語られる
・個人の文脈より、社会的なイメージが優先される

言った側に悪意はなくても、
本人を見ているようで、
実際には属性のイメージを見ている状態になりやすい点が特徴です。

言われた側は、
「失礼だ」と断定できないまま、
説明しにくいズレや居心地の悪さを抱えやすくなります。

Microassaults(マイクロアサルト)

直訳:小さな攻撃

Microassaults とは、
差別的・排除的な表現や態度を、
社会的に許容されそうな形に抑えて示すタイプのマイクロアグレッションです。

この型は、次のような形で現れやすいとされています。

・冗談や皮肉として語られる
・「本音だけど、言い方は柔らかくした」形を取る
・公の場ではなく、閉じた関係性の中で出やすい

三つの分類の中では、
最も分かりやすく「攻撃性」が感じられる場合もありますが、
それでも露骨な差別とは区別される点が特徴です。


補足:マイクロアグレッションは積み重なると心に負担がかかる

これらのマイクロアグレッションは、
一つひとつを見ると小さく見えることがあります。

しかし研究では、
こうした経験が繰り返されることで、
心理的な負担が蓄積していく点が指摘されています[2]。

「らしさ」や役割の期待が重なり、
気づかないうちに、
選択の余地や安心感が削られていく。

マイクロアグレッションの影響は、
そうした形で現れることが多いとされています。

参考資料
[2]Sue, D. W. (2010). Microaggressions in Everyday Life. Wiley.

善意のつもりでも生まれる「教育の負担」

マイクロアグレッションについて語るとき、
よく聞くのが
「悪気はなかったんだから、説明してあげればいいのでは?」
という声です。

確かに、説明によって相手が気づくこともあります。
けれど、その前提には一つ、大きな見落としがあります。

それは、
その説明をする役割を、常に“傷ついた側”が引き受けている
という事実です。

なぜ、その言葉で傷ついたのか。
どんな前提が含まれているのか。
それがどういう背景や歴史と結びついているのか。

本来、相手自身が学ぶべきことを、
当事者が時間と精神力を使って、
丁寧に言葉にしなければならない。

これは、目に見えにくいけれど、確実に負担です。

しかもマイクロアグレッションは、
一度きりではなく、日常の中で何度も繰り返されます。

そのたびに説明する。
そのたびに自分の気持ちを掘り起こす。
そのたびに「わかってもらえるだろうか」と期待と不安を抱く。

そうした積み重ねの中で、
「もう説明する気力がない」
「今日は何も言いたくない」
と感じるようになるのは、ごく自然なことです。

あなたが説明するのに疲れているのは、
理解が足りないからではありません。
優しさがないからでもありません。

すでに、十分すぎるほどコストを支払ってきたから
そう感じているんです。


「誰が悪いか」ではなく、「どんな前提があるか」を見る

マイクロアグレッションの話題は、
どうしても
「加害者」「被害者」という二分法に引き寄せられがちです。

けれど、この枠組みだけで考えると、
話はすぐに行き詰まってしまいます。

なぜなら、多くの場合、
相手は「傷つけよう」と思って言っているわけではないからです。

それでも、確かに傷は残る。
そのズレは、どこから生まれるのでしょうか。

ここで目を向けたいのが、
個人の善悪ではなく、社会の前提です。

性別はこういうもの。
この服装はこの役割。
この振る舞いは、この人らしい。

私たちは日常の中で、
無数の「当たり前」を無意識に使っています。

マイクロアグレッションは、
その前提が、
誰かの存在や経験をすくい取れなかったときに
表に出てくるものだと、私は感じています。

だからこれは、
「誰か一人が悪い」という話ではありません。

同時に、
「誰も責任を負わなくていい」という話でもありません。

誰もが、
知らないうちに加害者になる可能性があり、
また別の場面では被害者にもなり得る。

誰かを責めることよりも、
自分がどんな前提の上に立って物事を見ているのかを問い直すこと
が必要なのではないでしょうか。

マイクロアグレッションについて考えることは、
他人を裁くためではなく、
社会の「見えにくい当たり前」を少しずつ揺らしていく作業なのだと、
私は思っています。


マイクロアグレッションの定義を知ったあとで、私の体験を振り返る

ここからは、私自身の体験です。
マイクロアグレッションの定義や構造を知ったあとで、過去の出来事を振り返り、
「これは何が引っかかっていたのか」を整理してみました。

Xジェンダーを説明したときの違和感

知人と一対一で世間話をしていたとき、
Xジェンダーについて説明する機会がありました。

そのときに返ってきたのが、
「そういうふうになりたいってことですか?」という質問でした。

私はその瞬間、
「伝わらないな」という感覚を強く覚えました。

なりたいかどうかではなく、そうだと感じて生きている、
その前提が抜け落ちているように感じたからです。

相手の中には、
男性と女性以外の性別が”存在していない”ことを感じました。

ノンバイナリーが存在しないように扱われてしまう、
ノンバイナリーインビジビリティについては、こちらの記事で詳しく解説しています↓

私がこのとき一番引っかかったのは、
「自分のアイデンティティの話が、願望の話に置き換えられてしまった」と感じた
ことでした。

私にとってXジェンダーであることは、
「こうなれたらいいな」という希望ではなく、
「今の自分をどう感じているか」という話です。

でも「なりたい」という言葉が出てきた瞬間、
私はもう一度、自分の前提から説明し直す立場になりました。
そのことに、疲れを感じました。

正装なのにステレオタイプで見られたとき

着物を着たときに「銀座のスナックのママみたい」、
スーツを着たときに「ホストみたい」と言われたことがあります。

どちらも親戚からで、
冗談と褒め言葉のあいだのような言い方でした。
結婚式などの晴れの場で、正装として選んだ服装でした。

私が不快だった理由は、
その言葉が失礼だったから、だけではありません。

私は、
「場にふさわしくありたい」という想いと、
「自分のアイデンティティを大切にしたい」という二つの想いから
選んだ服装でした。

それなのに、
着物やスーツが、
「ホスト」や「銀座のママ」という、
ステレオタイプなジェンダーの価値観に当てはめられてしまったこと。

水商売である職業に例えられることで、
「性的・消費的な文脈」を付与されているような不快感があり、
そういう言葉のチョイスに、非常にモヤモヤしました。

何より、私という一人の人間の存在が無視され、
型に当てはめられて評価されてしまったような、
残念な気持ちが残りました。

言われたその時は、
どう返していいか分からなかったし、
そこまで重く受け止めなかったけれど、
後からじわじわと私を攻撃してきました。

小骨が喉につっかえているような、
モヤモヤが残っています。

仕事中に役割を前提にされたとき

在宅で仕事をしている最中、
休憩中の夫から「仕事はそんなに頑張らなくていいから、育児を頑張ってほしい」
と言われたことがあります。

この言葉を聞いたとき、
私が強く感じたのは怒りでした。

それは、
「私が今、働いている」という事実が、
軽く扱われたように感じたからです。

もし同じ言葉を、
外に通勤して働いている人に向けたらどうだろう。

そう考えたとき、
この言葉が前提として持っているものに、
育児をしている女性に対しての偏見や差別的な要素も感じられました。

私は、
「私も今、仕事をしているんだけど。」と伝えましたが、
なぜそこから説明しなければならないのか、
そのこと自体に疲れを感じました。

「女性らしさ」を求められ続けてきた感覚

子どもが生まれたら世話を主体的にすること、
家事を担うこと、
女性らしい振る舞いや服装を期待されること。

一つひとつは小さくても、
積み重なることで「自分の感覚が蔑ろになている感覚」が強くなっていきました。

ここでつらかったのは、
誰かの一言というより、
ずっと同じ方向を向くことを社会に期待されてきた感覚です。

子どもの世話、家事、振る舞い、服装。
一つひとつは「普通のこと」として流されます。

でも、それが重なると、
「私は本当はどうしたいんだろう」と考える余裕が、
少しずつ失われていきました。

こういうちょっとした違和感が説明しづらいのは、
一つ一つはそこまで重くない出来事で、
はっきり拒否できるほどでもない、
当たり前として進んでいくからだと思います。


マイクロアグレッションという言葉で整理してみて

これらの体験を振り返って、
私は「これらすべてがマイクロアグレッションだ」と断定したいわけではありません。

ただ、この概念を知ったことで、
これまで感じていたモヤモヤを、
「自分の受け取り方の問題」として片づけなくてもいいのかもしれない、と思えるようになりました。

誰かが悪意を持っていたかどうかとは別に、
同じ立場の人が同じように傷つきやすい状況が、社会の中に繰り返し作られている。
そう捉えられたことが、私にとっては大きな変化になりました。


まとめ

ここまでの学びをふまえて、整理します。

・マイクロアグレッションは、悪意があったかどうかだけでは判断できない。
 善意のつもりの言葉でも、繰り返されることで、
 誰かに心理的な負担をかける場合がある。

・注目したいのは、言葉そのものよりも、
 その言葉が生まれやすい社会の前提や空気。

・違和感は、否定するものではなく、
 「何が起きているのか」を考えるための手がかりにしてもいい感覚だと、私は思います。


あなたは、あなたのままでいい。

ここまで読んでくださって、
ありがとうございます。

「“ちゃんと”生きてるつもりなのに、なぜかずっと苦しい」

「この気持ち、誰にもわかってもらえないかも…とあきらめてきた」

「“普通”を装ってきたけど、本当の自分がどこかに置いてけぼり」

「恋愛や性別のことを考えるたび、なんでこんなにモヤモヤするんだろう」

「みんなと同じようにできない自分が、どこかおかしいのかな?」

 

そんな思いを抱えたあなたへ。

 

このブログでは語りきれない、
セクシュアリティや違和感、自分らしさとの向き合い方を、
あなただけに届ける“手紙”のようなメルマガでお届けしています。

 

こんなことを書いています

・「わたしって何者?」がわからなかったときの話
・性別や恋愛感情に名前がつかなくて戸惑った過去
・“ふつう”になれない苦しさと、そこからの一歩
・本音を話せる人がいなかった日々のこと …など

 

誰かに言えないまま、心にしまってきたあなたへ。

【あなたは、あなたのままでいい】

そう思えるきっかけになれたら嬉しいです。

 

 

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「あなたは、あなたのままでいい」 ユウからの手紙




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