映画『エゴイスト』感想|龍太の死が「悲劇」に見えにくかった理由

【ネタバレあり】

ずっと気になっていた、映画 エゴイスト 、ついに観ましたー。
まず、鈴木亮平さんの演技が素晴らしかった。

宮沢氷魚さんも、透き通った綺麗な瞳が、
純粋な青年役にピッタリでした。

そして、私が好きなドリアン・ロロブリジーダさんもたくさん出てきた!
嬉しかったです。

鈴木亮平さんの浩輔の演技が凄すぎて、最初から最後まで、
浩輔の葛藤や自分を責める気持ち・後悔を感じてずっと苦しかった。

そして、観終わったあとにあるモヤモヤも残りました。

この記事では、
私が映画を観て感じた疑問と感情を軸に、
原作と映画を比較している人の考察なども踏まえながら、
『エゴイスト』という作品の感想を書いていきたいと思います。


目次

映画『エゴイスト』はどんな作品か

『エゴイスト』は、
ゲイである主人公・浩輔と、恋人・龍太の関係を描いた作品です。

派手な事件が起こるわけでも、
わかりやすい悪者がいるわけでもありません。

愛すること
支えること
与えること
それが「エゴ」かもしれないという後悔

そうした、とても個人的で、でも誰の人生にも起こりうる感情です。

映画版は、
説明をほとんどしない作りになっていたそうで、
実際に見た私も、「わからない」「納得できない」と感じる部分が残りました。

毎月10万円の支援をしながらも、龍太の過労を看過していた浩輔

映画 エゴイスト を観ていて、
私が一番引っかかったのはここでした。

浩輔は 毎月10万円を”支援”という形で龍太にあげていました。

それによって、龍太は最も収入の多かったウリセンをしない代わりに、
浩輔に買ってもらったという形になり、
その上で、二人は恋人関係になりました。

この点は、映画を観ていてわかります。

それでも私は、観ながらずっと考えていました。

『何で浩輔は、過労の龍太を止めないんだろう。』

恋人であるなら、相手のことを心配して、
今の働き方じゃない方法を一緒に考えたり、
他に色々できることがありそうなのにしなかった。

それが、浩輔の”エゴ”だったの?
でも、何のために?

浩輔は龍太を愛していると言いながら、
龍太の働き過ぎを見て見ぬ振りしている。

映画前半に描かれるその描写は、
なんだか釈然としませんでした。

「龍太がそこまで追い詰められている理由」も、映画では見えにくい

龍太は、確かに楽な生活をしていたわけではありません。
母親の病気、生活の不安定さ、将来への恐怖。

それは伝わってきます。

でも一方で、

  • 借金の具体的な描写はない
  • 家計が破綻している決定的な説明もない
  • 10万円+自分の収入があっても「即破綻する」状況には見えない

というのも、正直な印象でした。

だから、龍太が何でこんなに頑張らないといけないの?
というのがわからないまま、亡くなってしまったという印象。

何で、龍太の死が「悲劇」に見えにくかったのか

この映画では、前半を使って浩輔と龍太の関係が濃く描かれるため、
この二人のラブロマンスが描かれる作品なのかと思っていました。

だから、浩輔が龍太に対して、愛しているはずなのに、
弱っていく龍太を放置している理由が分かりませんでした。

しかし、他の方のレビューを見る中で、
原作では浩輔が自分の母親にしてあげられなかったことを、
龍太の母親にしてあげたいという気持ちが
一番の”エゴ”だったのだと知りました。

なるほど。

そういうことなら、辻褄の合う部分がたくさんありました。

例えば、龍太の身の上話を聞いた時から、
浩輔は「お母さんに持っていってあげて」と、
高級なお寿司などの手土産をいつも龍太に渡していた。

龍太が亡くなった後も、
ずっと龍太の母の面倒を見続けた。

浩輔にとって一番重要だったのは、
龍太のお母さんに孝行してあげることだったんだ。

映画ではお母さんと浩輔の関係が密に描かれていくのが、
後半からだったし、
浩輔の口調的にも、
「龍太との関係を無かったことにしたくなくて…」、お母さんの面倒を見たい、
そんな感じに受け取れたんです。

でも、初めは龍太を通じて、そして龍太が亡くなってからは自分が、
龍太の母を支えることが、浩輔のエゴだったんだとわかったら、
ストンと腑に落ちました。

エゴイストな浩輔は愚かだったのか?

結果だけを見れば、こう言えてしまいます。

  • 浩輔が龍太の生活援助を始めた
  • 龍太は浩輔と恋人になったことで主な働き口を失い、無理をして働いた
  • そして亡くなった
  • 龍太の母も癌に気付けずステージが進んでしまった

でも、
それだけでは片づけられないことがありました。

龍太は「幸せだった時間」を生きていた

龍太は、
浩輔と過ごした時間を、
確かに幸せだったと感じていた

地獄のような生活の中で、
誰かに大切にされ、
愛されていると実感できた時間があった。

そんなふうに、
亡くなった後龍太のお母さんから教えてもらいます。

お母さんも同じです。
余命がわずかな状況にあっても、
浩輔が生活を支えて、一緒に過ごしてくれたことで、
「愛されている」と感じる時間があった。

そのエゴを背負って生き残ったのが、浩輔だった

残酷なのは、
エゴを与えた浩輔だけが、生き残ってしまったこと。

誰かを救ったかもしれないエゴで、
同時に大切な人を失った。

それでも、映画中に龍太の母親から浩輔へ、
亡くなった龍太が言っていた感謝の言葉が伝わったり、
末期癌の龍太の母が、浩輔からの愛に感謝したり、
そういう場面では、
絶望の最中にいても少し希望が見えた気がしました。

劇中で浩輔が歌を歌うシーンの意図がわからなかったので勝手に解釈

浩輔が龍太と恋人になった後、
自分の部屋で一人、浩輔がちあきなおみさんの「夜へ急ぐ人」歌を歌うシーンがあります。
正直、このシーンは意図が理解できませんでした。

しかも、めっちゃ気合い入れて歌ってるけど、
歌がそこまで上手くなくて、
その間に流れている回想シーン的なものが入ってこない笑

原作にはこのシーンはないそうです。

そこで私なりに考えた解釈はこんな感じです。

  • 感情が昂り、言葉では抑えきれなくなった
  • 憧れるアーティストになりきることで、強い自分を保とうとした
  • 孤独だった過去の自分を呼び起こし、
    また一人になっても耐えられるように鼓舞している

ちなみに、このシーンは、
私が好きなドリアンさんが歌唱指導したそうです。

おわり

全体を通して、やっぱり思い出すのは、
鈴木亮平さんの演技をしている表情でした。

しばらく頭から離れないね。

『エゴ』というのは誰にでもある感覚で、
それをわかっていながらも、続けているのか、
わかっていなくて続けているのか、
その二つは大きく違うものだなと思いました。

浩輔のエゴは最終的に浩輔を救ったんだろうか。

観た後にしばらく映画のことを考えてしまう、
そんな作品でした。


ここまで読んでくださって、
ありがとうございます。

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「この気持ち、誰にもわかってもらえないかも…とあきらめてきた」

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